政治家のパワハラ暴言から考える
録音されたら終わり!? パワハラ上司にならないために大事なこと
2019.07.18
「バカが死ねお前」「頭下げろお前。死んだ方がいいぞお前」……。震え上がるような政治家の暴言音声が公開され、「秘書へのパワハラだ」とネット上で話題を呼んでいる。 報道を見て「自分も部下に録音されているかも…」「自分の叱責もパワハラと言われるのでは…」と心配になった人もいるかもしれない。政治家から秘書への暴言は過去にも問題になったが、そもそも勝手に上司にあたる政治家の録音をしてもいいのだろうか? パワハラと録音の関係、パワハラにならないための指導について考えてみた。【2019年7月18日取材:@人事編集部・長谷川久美】
参考:吉本社長発言はアウト!? パワハラ防止法を佐々木亮弁護士が徹底解説(上)
政治家だけではない…! 次々に公開される職場のパワハラ暴言音声
7月17日公開のデイリー新潮の記事によると、石崎徹衆院議員(自民)の元秘書だった30代の男性が今年の春、車の運転中に石崎議員から暴言を浴びせられ何度も肩を殴られたと主張している。男性は被害届を提出し、議員秘書を辞職した。記事によれば男性はパワハラの一部始終を録音したICレコーダーをすでに警察に渡しているという。
パワハラ暴言が公開された例では2017年、「このハゲー!」という衝撃的な暴言が週刊誌に報じられ、選挙で落選した元国会議員も記憶に新しい。今年7月にも、ヤマトホールディングスの子会社社長が部下にぶつけていた「殺されるよ、本当。ふざけんなよ。馬鹿たれ!」といったパワハラ発言を週刊文春がスクープ。音声がネット上に公開された。
この他にも、6月には千葉県にある私立高校校長のパワハラ発言が労働組合によってネット上に公開されている。
YouTubeで公開された文理開成高校・鈴木淳校長の音声(動画)
数々の例を見ても分かるようにパワハラの録音と音声の公開はすでに「被害者がパワハラを世間に訴える手段」として定着しつつある。ハラスメントに嫌悪感を抱く世間の感情もあり、音声が公開された企業・個人が失う社会的信頼は計り知れない。
パワハラの録音はそもそも合法なのか? 証拠として有効に
しかし、「職場の会話を勝手に録音しても良いのだろうか? 逆に訴えられるのでは?」と疑問に思う人もいるだろう。先日、パワハラ問題に詳しい佐々木亮弁護士に取材させてもらったとき、「秘密録音であっても、裁判の証拠として有効」と指摘していた。
パワハラを証明するのは通常とても難しいが、これまでパワハラがもみ消されていたような事件でも、録音によって立証が可能になるケースが増えているという。過去の東京高裁の判決では、録音の手段方法が著しく反社会的でない限り録音は違法ではないと判断されている。パワハラ現場を録音した社員を会社側が解雇したケースでは、裁判で解雇無効が認められている。
つまり、「上司からパワハラを受けそうだから面談を録音した」といったケースなら通常は「合法」とみなされる、ということ。就業規則で「録音は禁止」と定めても、実際にパワハラが起きたときには「録音は身を守る手段」と認められる可能が高い。パワハラ現場の録音を禁止してもあまり意味はないのだ。
本題は「何がパワハラになってしまうのか」事前に把握しておくことの方ではないか?
パワハラと判断される叱責は? 「バカ」「死ね」は裁判ではアウト
「あれもパワハラ、これもパワハラでは必要な指導もできなくなるじゃないか」という不満ももちろんでてくるだろう。それでも過去のパワハラを巡る裁判を見れば、ある程度明確な「アウトワード」を知ることはできる。
過去のパワハラを巡る裁判で人格否定・名誉毀損と判断された例
・「ぶち殺そうかお前」
・「お前はやる気がない」「馬鹿野郎」「給料泥棒」
・「いい加減にせぇよ。ぼけか。あほちゃうか」
・「いつまでも新人気分」「詐欺と同じ。3万円を泥棒したのと同じ」
・「どうしてあなたはいつもそうなの」「人間失格」「あなたの顔見るとイライラする」
『ブラック企業・セクハラ・パワハラ対策』佐々木亮・新村響子著(旬報社)より抜粋
「アウトワード」の例を見れば、今回問題になった「バカが死ねお前」「死んだほうがいいぞ」の暴言はパワハラと判断される可能性が高いと言えるだろう。暴言と一緒に秘書への暴行があったことが認められればなおさら言い訳はできなくなる。
この他にも、次のようなケースはパワハラと判断されることがあるという。
状況によってパワハラと判断される可能性がある例
・退職や解雇の処分をほのめかす(例:「いつでも首にできるんだからな」)
・頻度が多かったり、必要以上に長時間に渡る叱責
・顧客や同僚の前で叱責する
本当に大事なのは発言の「背景」と「日頃の信頼関係」
しかし、強い言葉で叱責をしても、指導として適切な場合はパワハラと見なされないケースもある。パワハラの裁判で重要視されているのは「その言動に至った動機や目的」だからだ。そう考えると「この発言はパワハラか? アウトかセーフか?」と頭を悩ませるのは、実はパワハラに対する意識が低い考えなのではないか?
あなたがもし上司の立場であれば、一度でいいからパワハラを告発する部下の気持ちになって考えてみてはどうか。強い叱責の言葉があったとしても、いつもは親身になって指導してくれる上司の「だめなやつだな」と、日頃からことあるごとに自分を攻撃している上司の「だめなやつだな」では、受ける言葉の印象はまったく違ってくるはずだ。
また、パワハラは決して“時代遅れの上司”だけが引き起こす問題ではない。筆者の知っている例では法律全般に詳しく、人権意識の高い社員が自覚なくパワハラを行い、反発した部下の離職を招いていた。そこにあるのは「自分がパワハラをするはずがない」という無意識のおごりだったように思う。
今回のパワハラ暴言騒動でも、当事者の国会議員と秘書は2人とも30代の男性。しかも国会議員は本来、一般人より高い倫理観や法律の知識が要求される立場だ。冷静に考えれば自分の行動がパワハラに当たるかどうかの判断はついたはず。部下に当たり、コミュニケーションを疎かにしても「自分は告発されない」という過信があったのかもしれない。しかし、スマホにICレコーダーと、気軽に録音ができる機器がすぐそばにある今の時代、「完全な強者」でいられる者はいないのだ。
どうすればパワハラ上司にならずにすむのだろうか?
「録音は合法」と割り切って考えるのも一つの手だ。「録音されてパワハラと訴えられたらどうしよう」ではなく、「仮に録音されていてもパワハラにはならない指導をしよう」という心持ちと普段からの関係性づくりに努めていくしかない。そもそも、「録音されているかも」という身に覚えがある時点で、部下とうまくいっていないのではという疑いもあるが…。
「明日は我が身」とパワハラ録音におびえることなかれ。パワハラ暴言騒動をきっかけに、部下との信頼関係、コミュニケーションのあり方を見直してみよう。前向きに!
【編集部より】
ハラスメント対策やハラスメントが起きる理由についてまとめた記事はこちら
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