これからの時代のコミュニケーションの正解とは
中日ドラゴンズ「お前騒動」。与田監督がバッシングを受ける本当の理由
2019.07.10
プロ野球・中日ドラゴンズの与田剛監督が、チャンスで公式応援団が流していた「サウスポー」の替え歌の歌詞の「お前」を問題視し、使用自粛を求めた“お前騒動”。ワイドショーにも飛び火し、与田監督と球団の姿勢にバッシングが起こったが、野球の世界ではなく、職場や家庭に置き換えてみると案外「正論」なのではないか……?
小学校では友人同士の呼称に関する改革が行われている。職場では役職ではなく「◯◯さん」と呼ばせるケースも。わが家も「お前」は禁止だ。たかが呼称。されど呼称。これからの時代のコミュニケーションの正解を考えてみた。【執筆:@人事編集部 飯塚陽子】
野球の世界ではリスペクトとしての「お前」
筆者は故・星野仙一監督時代の1988年から熱血ドラ党だ。7月1日にこの騒動が勃発してから中日の連敗が続いていた(7月7日に連敗は4でストップ)だけに、「お前騒動」の感想は「イチャモン付けていないで、勝ってくれ」に尽きる。ある元プロ野球選手がニュース番組で「お前と言われたほうがうれしいし、がんばれますよ」と言っていたように、野球の応援歌での「お前」はファンからの敬称とも言える。リスペクトがあるからこその「お前が打たなきゃ誰が打つ」なのだ。
※写真はイメージです
とはいえ、与田監督の「子どもの教育上良くないのではないか」という言い訳を聞くと、ちょっと待てよ、と立ち止まった。
つい最近、保育園に通っている5歳の子どものクラスで、友達の呼称ルールが設けられた。「これから下の名前での呼び捨ては禁止。必ず『くん』か『ちゃん』をつけること。家庭でも話してください」というもの。小学校では同級生同士での呼称の改革が始まっているところが多い。子どもが通う予定の小学校でも、下の名前で呼ばせず、男女ともに名字で「◯◯さん」と統一させている。もちろん「お前」はもってのほか。教育の世界では、呼称に対して敏感になっているのは確かだ。
わが家では絶対に「お前」と呼ばせない」
バラエティ番組では、タレントの女性が「夫が『お前』と呼ぶのは絶対に許せない」と豪語していた。経済的に自立し、地位も立場も夫より上の(に思える)「強い女性」こその発言に聞こえるかもしれない。ただ、わが家もルールを設けているわけではないものの、夫がもし私のことを「お前」と言ったらカチンと来る。実際に言ったことはないけれど。
呼称と言えば、「夫のことを外でなんて言うか」問題が学生時代の友人と話題になったことがある。全員働いていることもあるだろう、「一家のあるじ」「お仕えしている人」を意味する「主人」はあり得ない、ということで一致した。夫が妻のことを外で言うときも「嫁」や、使用人という意味も含んでいる「女房」「家内」はダメ、「妻」にしてほしい。呼称を気にするかどうかは個人差があるものの、筆者と同じアラフォー世代は「働く女性である」ことに気張っているところがあり、「男尊女卑を思い起こさせる呼称はイヤだ」と思っていた。それは呼び方が関係性に影響すると思うからだし、関係性が呼び方に転じると無意識に感じるからだろう。
これは、付き合いたての男女が互いを呼び捨てにしてから急に距離が近くなったと思うことにも似ている。呼称は、呼ぶ方、呼ばれる方とも関係性に影響を与える。
「◯◯部長」より下の名前で呼ぶと距離が縮まる不思議
名前の持つ語感について、専門家に取材をしたことがある。
名前を口にしたとき、人はまず音の持つ「語感」、次に漢字を含めた言葉の「意味」のイメージが順番に脳に想起される。そのイメージとは「その名前の相手に期待すること」だ。たとえば、「冴子さん」なら「手際がよく、クールでシュッとしてそうな女性」。あまり「天真爛漫な女性」というようなイメージは湧かないのではないだろうか。そして、生まれたときからその名前で呼ばれているうちにそのイメージにあった人物になっていくのだという。つまり、名は体を表す。
そのため、職場でのコミュニケーションを変えたいとき、「◯◯部長」と呼ぶのをやめて「ヒロシさん」などと下の名前で呼ぶと急に距離が近くなるという。毎日続けていくだけで、嫌いな上司をちょっと好きになることだって可能かもしれない。
小学校での「あだ名禁止、呼び捨て禁止」の効果とは
さて、小学校で「あだ名禁止、呼び捨て禁止」にしたところ、どういう効果が出ているのか、小学6年生の姪っ子に聞いたみたことがある。第一にいじめがなくなったという話(先生の説明による)。一方で、嫌いな友達もいないかわりにすごく仲が良い友達もいないという話(母親談)。
どちらがいいということではないが、大切なのは「相手を傷つける呼び方はやめよう」という姿勢だと思う。もしこのルールでいじめが撲滅するならば個人的には賛成だし、大人の世界ならば職場からパワハラをはじめとした多くのハラスメントがなくなるきっかけにさえなるのかもしれない。部下の女性を下の名前で呼び捨てにしている上司、たまにいますよね。
違和感は相手の立場になって考えていないから
では、相手をどう呼べば、コミュニケーションが円滑になるのだろう。
先日、「部下を成長させるための叱り方」についてインタビューした話力総合研究所の秋田義一理事長は「部下を本当に成長させたいなら、相手の立場になって叱ることが大切。そのためには相手を知って、信頼関係を築くことから始まる」と話していた。大切なのは「相手がどう感じるか、知っておくこと」。呼称だけではなく、言葉の一つ一つ、行動の一つ一つも同じこと。人を動かしたい立場なら、なおさら意識しなければいけない。
もちろん、「お前」や呼び捨てが全て悪いわけではない。職場では呼び捨てにすることでチームの結束が高まるかもしれないし、男性の友人同士なら「お前」と呼ぶことでよそよそしさが消えて「仲間」の感覚になることもあるだろう。
そういう意味では、野球選手がファンから「お前」と言われて奮い立つのであれば、やはり与田監督の「お前自粛要請」は的外れだったと言える。ハラスメントと同じで、その言葉は相手やシチュエーションによって意味合いが変わるから。野球ファンとしては、今夏の高校野球の応援シーンでも「お前が打たなきゃ誰が打つ」が響いていて欲しいと思うばかりだ。
【編集部より】新しい時代のコミュニケーションついて読んでおきたい記事はこちら
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