@人事 ドイツ支部通信
転勤は「悪習」か。ドイツと比較して人事異動の必要性を考える
2019.07.26
ワークライフバランスが注目されるなか、転勤を希望しない人が増えている。いままで当たり前だった「人事異動」は、見直されるべきタイミングなのかもしれない。今回は基本的に人事異動がないドイツと比較しながら、人事異動のあり方について考えたい。
ドイツ在住、1991年生まれのフリーライター。大学在学中にドイツ留学を経験し、大学卒業後、再びドイツに渡る。ブログ『雨宮の迷走ニュース』を運営しながら、東洋経済オンラインやハフィントンポストなどに寄稿。
転勤を嫌がる若者が明らかに増加中
4~6月にかけて、カネカの元社員の男性が、育児休暇から復帰2日で転勤を命じられたことが妻によってツイートされ、「ハラスメントではないか」とカネカに批判が集まった。結果、炎上(詳しく知りたい方は、日経ビジネスの元社員の妻へのインタビュー記事を参考にしていただきたい)。
※関連記事:パタハラ告発のカネカから学ぶこと。人事や「時代遅れ上司」の問題点
この件に関しては関係者ではないので深くツッコミはしないが、「島流し」や実質懲罰のような人事異動の話は、時折耳にする。「家を買った社員は辞められないから転勤させる」ということも、現実に起こっているようだ。
最近は、転属や転勤を希望しない若者が増えている。『2019年度 新入社員の会社生活調査』では、「1度も転勤せずに同じ場所で働き続けたい」人は36.4%で、昨年度よりも9.4ポイントも増加している(「転居を伴わないのであれば転勤してもよい」が18.3%、「転勤を伴う場合でも期間が限定されていれば転勤してもよい」が23.7%、「転居の有無、期間に関係なく転勤してもよい」が21.6%)。
昔は男性が働き女性は専業主婦で、さらに終身雇用が前提だったため、会社に従っておけばある程度の見返りが期待できたし、一家で引っ越すこともいまほどはむずかしくなかっただろう。しかし妻がキャリア優先、子どもが私立の小・中学校に進学するような家庭なら、転勤・転属はライフプランや家族の生活を破壊することもある。
日本は新卒一括採用がいまだに主流だから、定期的な人事異動が必要だという事情もあるだろう。しかし、仕事への価値観や家族のあり方は変わった。働き方が見直されるなかで、人事異動についても考えなおすべきだろう。
人事異動しないことが合理的なドイツ
人事異動について考えるにあたり、あえて「基本的には人事異動がないドイツ」を引き合いに出したい。
ドイツにおける「仕事」とは、ジョブ・ディスクリプションを元にした契約だ。ジョブ・ディスクリプションには、仕事内容や権限、やるべきことなどがしっかりと書かれている。そのため、会社が一方的に配属先や勤務地を変更し、契約内容とちがう仕事を割り振ることは、原則的には許されない。
イメージでいうと、大学受験に近いだろうか。受験生は学部を選んだうえで受験し、合格したらその学部に入学する。内部進学であればまた別かもしれないが、合格後に「あなたは文学部であなたは社会学部」と大学の都合で割り振られることはまずない。なぜなら、「それを勉強するために入学したから」だ。また、入学後に突然新宿キャンパスや札幌キャンパスなどに送られることもありえない。「来月からキャンパス移転」なんてことになったら大問題だろう。
ドイツにおける仕事もそれと同じで、「その仕事をするために就職するのだからほかの仕事をさせられるのは話がちがう」し、一方的な転勤命令もまた「無茶振りすぎる」となる(事前にそういった可能性に言及した契約をしていれば別)。
そもそも、専門性重視のドイツで転属させるというのは専門性をフイにするようなものなので、あまり現実的ではない。勤務地の変更も、共働きが世帯が多く単身赴任があまり一般的ではないので、ふたつ返事で受け入れられる人は少ないだろう。「専門性」と「生活環境」を考えれば、ドイツのような人事異動なしのほうが「合理的」に思える。
実はドイツにも「人事異動推進派」はいる
しかし興味深いのは、ドイツにも「人事異動推進派」が一部いることだ。つまり、「もう少しフレキシブルでもいいのではないか」と主張する人がいるのである。
というのも、ドイツは自分の仕事がはっきりしているので、他人の仕事に無関心で「自分は関係ない」と言う人が少なくない。自分の手から離れた仕事は、正直どうでもいいのだ。そういうスタンスだと部署を超えた連携がしづらいし、仕事の全体像を把握していないなんてことも起こる(それでも「自分の仕事はしてるんだから文句は言うな」と主張できるが)。
また、横にまたがるスキルの育成にも不向きだ。組織には専門性が高い人材が必要なのと同時に、さまざまな立場からモノを考えられる「ジェネラリスト」が必要なときだってある。そういうとき、ドイツではなかなかうまくいかない。
さらに、ちがう分野でチャレンジする機会が少ない。人事異動がないと、「営業は向いていないけど広報なら」「一度失敗したが新しい勤務地でやり直そう」という再チャレンジがなかなかできないのだ。
スペシャリスト育成の風潮が強いドイツでそれを実現するのはむずかしいが、「ポジションや職務内容をもう少し柔軟にしてはどうか」という提案は、ドイツ国内で長らく続けられてきた。「社内」という枠のなかで「円滑に仕事をまわすこと」を考えると、人事異動には大きなメリットがあるのだ。
企業にも労働者にもメリットがある人事異動に
どの制度にもメリット、デメリットがあるように、人事異動にもいい点と悪い点がある。だから「人事異動をすべきかどうか」ではなく、「人事異動を企業と労働者双方にとっていいかたちで作用させるためにはどうすればいいか」を考えていくことが大事だろう。
そのために必要なのは、合理的な理由と明確なビジョン、そして双方の同意だと思う。
当然のことながら、人事異動は従業員のモチベーションやライフプランに関わるので、慎重に行わなければいけない。会社としては辞令として伝えれば十分なのだろうけれど、人事異動は他人の人生を左右するのだから、一方的な通知ではなくしっかりとした説明をするのが筋じゃないだろうか。
とはいえ、「従業員全員の希望に合わせていられない」という人もいるだろう。でもそれは従業員だって同じだ。それぞれの生活があり、「会社の人事異動に合わせていられない」という人だっている。
意思確認せずに企業が一方的に転勤を決めてトラブルになるよりは、事前に面談を行って同意を取り付けておいたほうが安心・安全だ(降格人事であれば話はちがうが)。面談を通じて、給料の上乗せで転属をOKしてもらえたり、準備期間として事前に資格を取得してもらったりすることも可能だろう。また、打診があれば、労働者自身も自分の考えやキャリアビジョン、ライフプランなどを踏まえ、「この時期なら転勤可能」「実は親が入院していて引っ越しはむずかしい」などを伝えられる。
すべての人事異動をWin-Winにするのはむずかしいだろうが、お互いが希望を伝え合うことを意識すれば、妥協点を見つけられるし、一方的な人事異動による離職や暴露による炎上なども避けられるんじゃないだろうか。
人事異動やハラスメントに関する記事はこちら
執筆者紹介
雨宮紫苑(フリーライター) ドイツ在住、1991年生まれのフリーライター。大学在学中にドイツ留学を経験し、大学卒業後、再びドイツに渡る。ブログ『雨宮の迷走ニュース』を運営しながら、東洋経済オンラインやハフィントンポストなどに寄稿。著書に『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)がある。
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