【考察】「育休復帰→即転勤」で大炎上のパタハラ問題
パタハラ告発のカネカから学ぶこと。人事や「時代遅れ上司」の問題点
2019.06.05
「育休復帰→即転勤」。カネカのパタハラ騒動が収まりません。東証一部上場のカネカの男性社員が育児休業明けに不当な転勤を命じられ、やむなく退職。6月1日に男性の妻が企業名を明かしてツイッターで投稿したことで大炎上し、内定辞退者続出や株価急落まで影響が及んでいます。
@人事では、ツイッターで「あなたやあなたの周囲でパタハラ被害を受けた人はいますか?」と緊急アンケートを実施。自身や周囲の男性で育休を取得した人のうち、約3割が「パタハラ被害あり」と回答しました。人事や上司の問題点はどこにあったのでしょうか。子育て中のママ記者である筆者が役立つ記事とともに考察します。
育休取得男性の3割が「パタハラ被害者」
共働きが当たり前となった現代。今や「男性の育休」は市民権を得ているかと思っていましたが、今回のカネカ社員の騒動で「現実」を突きつけられました。これまで女性が妊娠や出産を理由に受けてきた「マタニティハラスメント」が、男性側に移って「パタニティ(父性)ハラスメント」として表面化したと言えるでしょう。
自身や周囲の男性が育休を取得したとき、または取得しようとしたとき、嫌がらせ的な人事異動や配置転換を命じられた経験はありませんか?
アンケートを見ると、男性の育休取得自体が少数ではあるものの、全体の1割が「パタハラ被害を受けた、または受けている人がいる」と回答。育休を取得した人の中では約3割が「パタハラ被害あり」という結果でした。
実はよくある「あり得ないタイミング」での転勤辞令
カネカの男性社員の妻の最初のツイッター投稿は4月23日でした。
「信じられない。 夫、育休明け2日目で上司に呼ばれ、来月付で関西転勤と。先週社宅から建てたばかりの新居に引越したばかり、上の息子はやっと入った保育園の慣らし保育2週目で、下の子は来月入園決まっていて、同時に私は都内の正社員の仕事に復帰予定。何もかもあり得ない。」
日経ビジネスの報道によると、共働きの夫婦は今年1月に生まれた長女の育児のため、それぞれ育児休業を取得。夫は育休から復帰した翌日の4月23日、上司に呼ばれて5月16日付で関西への転勤を命じられました。長女は生後3カ月です。妻は5月に復職を控えていました。育児経験がある人なら、このタイミングでの夫の単身赴任がどれほど絶望的か、分かると思います。
その後、男性は1〜2カ月の猶予を上司や人事部に相談するも、会社側は却下。さらに退職願を提出後に有給休暇の申請も却下され、やむを得ず5月31日付で退社したのです。
ツイッターでは
「家買って子ども生まれてすぐ一番遠い店舗に転勤とか普通に聞く話」
「家買ったら飛ばされた、はウチの会社でも昔からよくあった」
「保育園決まった瞬間に転勤とかも普通よ」
など「あるある話」としてコメントが集まりました。ゾッとするとともに、私もこの声にうなずいた一人です。実際、「結婚するとそれぞれ遠い場所に転勤させられる」という話は身近で起きていましたし、私自身も結婚後に転勤希望が叶わず、妊娠した後も臨月まで別居婚を続けていました。
上司の価値観のズレが最大の問題。でもそれ以外にも
今回の騒動で会社側の対応のまずかったポイントを、@人事編集部が整理してみました。
「育休復帰→即転勤」が炎上したポイント
1 時代遅れ上司の価値観のズレ
2 人事部が緩衝材にならなかったこと
3 退職が決まった後、有給休暇消化もさせなかったこと
4 社員の告発によるダメージを想定できていなかったこと
5 そもそも育休取得前に、会社と社員が十分な話し合いを持たなかったこと
まずは、育休明け翌日というタイミングで転勤辞令を出した上司が問題の根幹であるのは間違いないでしょう。男性の育児休業取得率は長期的には上昇傾向ではあるものの、厚生労働省が6月4日に発表した平成30年度雇用均等基本調査(速報版)によると、前年度から1.02ポイント上昇して6.16%。女性の82.2%に比べてまだ低く、子育てにロクに参加しなかったであろう世代の上司と価値観が異なるのは、ある意味仕方がないことかもしれません。
ただ、一部上場企業のマネジメント層です。また、カネカは厚生労働省が「子育てサポート企業」として認定する「くるみんマーク」も取得しています。育休取得の許可を出しておきながら、たとえ違法でなくても、社員にとって「不当」と感じる転勤辞令を出したのは、現実的には「子育てサポート企業」から逸脱していたと言わざるを得ません。
子育てしている人としていない人の間で不公平感が出るのは当たり前ですが、それをコントロールするのが上司です。コラムニストの雨宮紫苑さんは「子育て中の人が『ズルい』と思われるのであれば、それは労働環境の問題」と、ドイツの職場から誰もが働きやすい労働環境へのヒントを紹介しています。
→ドイツの職場に、出産・育児休暇への不公平感がない理由
→「子育ては女性の仕事」はドイツも一緒? 仕事と育児を両立させるには
なぜ、人事部が救い出せなかったのか
深刻なのは、1よりも2の人事部の方ではないでしょうか。この男性社員が辞令を受けた当日に人事部に相談すると、「よくあることですから」と対応されたと言います。上長と人事部が交渉するもうまくいかず、結局は現場の意見が通ってしまう。これは、大企業でよくある「現場>人事」というパワーバランスも関係があるかもしれません。
また、人事側の大きな問題点は、育休社員が働きやすい環境づくりができていなかったこと、社員に対する基本的な姿勢を現場のマネジメント層に浸透させていなかったことにもあります。「ダイバーシティ推進」が叫ばれて久しいですが、現場への浸透は一朝一夕でできないということを思い知ります。りそなホールディングスの取り組みは主に女性が活躍する場の拡大がテーマですが、育休取得の男性社員にも同じことが言えそうです。
→【前編】ピンチをチャンスに変えた銀行の新しい試みが、「働く人にもやさしい」理由とは?
→【後半】経営戦略としてのダイバーシティをさらに浸透させ、現場での化学反応を起こしていく
一方、こういった「大人のいじめ」とも言える不当な人事異動は、どれだけ対策をしていても起きてしまうものにも感じます。
私自身も前述したように、前職で結婚を機に転勤希望を出したところ却下された経験があります。理由は「家族の病気などマイナス要素なら転勤できるが、結婚というプラス要素ではできない」。当時は女性社員に対して「結婚すれば辞めてもいい」という空気があり、見せしめにも感じました。
こんな時、人事部が現場との緩衝材となってくれたら……。人事の役割とは何なのか、改めて考える機会にもなりそうです。
社員側の問題は対話が十分でなかったこと
このカネカの男性社員は、結果的に会社から退職日を一方的に通告され、有給休暇申請も通らないまま退職することになりました。有給休暇取得は2019年4月施行の働き方改革関連法で義務化され、労働基準法違反になると最悪の場合企業が刑事罰の対象になります。「不当な辞令」のみならず、「有給休暇申請却下」という対応があったことも、結果的にSNSで社名を出しての投稿に至った要因とも考えられます。
→働き方改革関連法 年次有給休暇の取得の義務化について
最後に、問題点の5つ目として、そもそも育休取得前に男性社員と会社が十分な話し合いができていたかどうか、を挙げたいと思います。実際に私の同僚の中でも過去に育休を取得した男性が数人いますが、「直属の上長が納得しないまま休暇に入った」というケースでは必ずと言っていいほど、復帰後の働き方でもめています。左遷のような配置転換が行われたり、会社との信頼関係が崩れて退職した人も。
取得する側も「制度があるのだから」と権利を振りかざすのではなく、復職後のキャリアプランを主体的に会社に伝えておくことが、カネカのような「行き違い」を防ぐことにもなるはずです。
男性の育休取得は、人生の研修である
この騒動によって、カネカは社名が明るみに出た週明けに株価が急落。さらにSNSで「カネカの内定辞退しました」と報告する投稿があるなど新卒採用も大打撃を受けることになりました。6月4日には、社長が「育休即転勤」の決定を認めるメールを全社員に送っていたことも判明し、ダメージは計り知れません。
ここまでくると、「男性の育休って、何かいいことあるの……?」と不安になる若い世代の人も多いでしょう。それでもこれだけは言っておきたい。男性の育休は「価値観を変えるための研修」でもあると。仕事から離れ、家庭の中で小さな子どもと四六時中過ごすことで、多くの経験者は「働き方や仕事観が変わった」とも言います。
自身を、会社を、世の中を変えるために、制度がある企業の社員はぜひ活用してもらいたいですし、人事はカネカの騒動を教材に、社員が不利益を被らずに活用できる環境づくりを目指してもらいたいと切に思います。【執筆:@人事編集部】
【編集部より】
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