ISAOのバリフラットモデルで社員はどう変わったか?
質問の嵐、反対派との攻防…役職撤廃・給与全公開の組織ができるまで
2019.05.28
赤字経営から約5年で完全黒字回復を達成したISAO。経営改善の鍵になったのが、役職・階層・部署をなくし、情報格差をゼロにした新しい組織形態「バリフラットモデル」だった。社員からの質問や疑問の嵐、改革反対派の存在など、組織改革の最中には多くの課題があった。ISAOのバリフラットモデルが定着するまでの「リアル」と組織改革のポイントを、代表の中村圭志氏に聞いた。【取材:2019年4月5日】
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最初は変わることを恐れていた
バリフラットモデルは、役職・階層・部署がない「フラットで権威主義ゼロ」、社員の等級や給与額までもオープンにする「情報格差ゼロ」の2軸で成り立つ。「バリフラット」とは聞き慣れない言葉だが、どんな意味があるのか? 尋ねてみると、「バリフラットの『バリ』は、ラーメンのバリカタの『バリ』と同じです。超フラットとか、エクストリームフラットという意味です」との答え。中村代表は、行き詰まっていた事業の改善のため社内の情報のオープン化と、段階的に階層をなくす組織のフラット化に取りんだ。代表取締役に就任した2010年当時の社内には複数の階層があり、何を決めるにも時間がかかり非効率的だったという。当時を振り返り、改革の理由をこう語る。
「業績改善のためには短期的・長期的な両方の対策が必要でした。病気の治療で例えると、事業の取捨選択などの『外科手術』と組織を良くしていく『漢方療法』を同時に行った。オープン&フラット化は、組織という身体そのものを強くする『漢方療法』と考えていいと思います」
2010年の改革初期には、会社の変化を嫌がる改革反対派社員との攻防もあった。改革をよく思わない社員に対しては中村代表自身が時間をかけて説得していった。
社員の等級・給与も全て公開
最初に浸透したのは情報格差をなくす「オープン化」だった。ISAOでは現在、給与も社内イントラで公開されている。特に、全社員の給与公開は「受けれられるのか」と緊張しながら実施に踏み切った。反発を予想しながら行った完全な情報公開はなぜ必要だったのだろうか? 中村代表は、黒字好転前の社内の状況を振り返り「情報格差が社員の間の不信感を生み、社員の間の納得感やモチベーションを低下させていた」と打ち明ける。当時のISAOでは給与を決める基準が統一されておらず、「明らかに給与をもらいすぎている人」「スキルがあるのに給与が少ない人」がそれぞれ存在していた。
社員の等級を公開をすることで、現在誰がどのくらいのスキルを持ち、そのスキルが給与に反映されているかも一目瞭然になった。もともと不透明な給与設定だったこともあり、情報公開で給与に関する不満はむしろ解消へ向かった。公開される情報は「等級」「業績」「給与」「勤怠状況」「個人のゴール(目標)」「ゴールに紐づく活動内容」など多岐にわたる。自社開発したコミュニケーション型目標達成サービス「Goalous(ゴーラス)」を使い、社員は自分の仕事を写真付きでオープンに投稿する。投稿を通して、その社員の仕事ぶりや人となりを知ることができるが、一方で自分の状況や成果を公開しない人は「仕事をしていない」と見なされる場合も。
給与や実績の情報は、全社員に公開される。中村代表は「例えば、経営陣から管理職、社員から別の社員へと、3回伝言ゲームをしていくと、もう全く違った情報として伝わってしまう。そういう混乱を防ぎ、意思疎通の際の無駄をなくすという意味でも情報公開はプラスに働きました」と強調する。経営陣や社員間の情報が「秘密」になる前に公開されていくため、個人攻撃や社内の対立に発展する前に問題が共有できるという利点もあった。
そして部長もいなくなった……。
オープン化と並行して行ったのが、社内の役職と部署の壁を撤廃する「フラット化」だ。中村代表は、「社内に存在していた代表的な格差は、情報格差だった」と話す。情報公開を徹底することで、役職の格差も次第に薄まっていった。部門を撤廃したISAOでは経営や人事などのコーポレート部門も含め全てをプロジェクト化している。役職はなく、「プロジェクトリーダー」という役割を持った社員が各プロジェクトの責任者となる。部署にとらわれることなく、別のプロジェクトに参加することもできる。進行が遅れているプロジェクトには、余裕がある別のプロジェクトのメンバーが助っ人に入る場合もある。部署をなくすことで現場のスピード感は増し、会社全体の生産性は向上した。
しかし、「出世したい」「昇給して安定したい」という希望を持つ社員にとってフラット化はマイナスの面もあったのではないか? 2011年に始まった変革の当初では、改革の効果を待つ前に会社を辞めていった社員もいたという。取材に応えてくれたISAO広報の平野愛さんは「部長や課長などの役職が欲しい、管理職の仕事がしたい、という方には向いていない制度かもしれません」と語る。
ISAOでは「ビジネスパーソンして成長できること」をモチベーションアップの柱として掲げている。年功序列の昇進の代わりに社員がISAOで得られるものが「成長」と「目に見える評価」というわけだ。リアルタイム昇降級の制度もあり、仕事の評価はすぐに給与に反映される。入社して半年で等級が上がり年収が大幅に上がった社員もいる。バリフラットモデルによる評価では、思った成果が出せない場合は等級が下がり、残酷なほど現状のスキルが明らかになってしまう側面もある。自分の業務レベルが全社員に知られることで傷つく社員もいたのではないか?
中村代表は言う。「むしろ仕事をきちんと評価されていない側の社員のほうが、正当な評価を得られない状況にずっと傷ついていたはずです。バリフラットモデルの人事制度では素のビジネスパーソンとしての力量がひと目で分かる。赤裸々になる分、どこを克服していけばいいか、ポジティブに向き合えるという利点があります」
2015年には部門だけでなく部長という役職すらなくなったが、「部長をなくそう」と申し出たのは当の部長たちだった。この頃にはフラット型組織の利点が社員にも浸透し、この形態をもとに現在の「バリフラットモデル」が確立された。
人事評価改革の最大の効果は「公平さ」
全ての役職をなくした場合でも、自身の成長やキャリアをサポートしてくれる存在は必要だ。ISAOでは、独自の「コーチ制度」を導入している。この制度では社員は自分でコーチを選べる。「自分のキャリアを共に考えてくれる人を自分で選ぶ」ことで、社員個人の成長を支援することが目的だ。
「スポーツ選手は自分を一番成長させてくれる人を選べる。ISAOのコーチ制度もそれと同じです」と中村代表は言う。コーチは評価者にもなるが、社員はコーチだけでなく複数メンバーから評価を受けるため、「密室で自分の評価が決まる」といった社員の不満は減少した。仕事の評価に対する納得度も高まった。「合わない上司の下で働くことで、仕事のパフォーマンスが落ちる」などの事態も事前に防げるため、コーチ制度は、権力差によるハラスメントが起こりづらい設計にもなっている。中には、「コーチになってほしい」と複数の社員から頼まれる人気コーチも現れた。
成長するためのバリフラットモデル
改革が始まる前のISAOは部門と役職がそれぞれ存在する典型的な縦割り型組織だった。全く違う組織への変革を告げられた社員は中村代表の提案をどう受け止めたのか? 社内の情報公開と役職の撤廃は段階的に行っていったが、当初からすんなり受け入れられたわけではなかった。最も社員の困惑があったのは2011年ごろのこと。
「社長は声の大きい人の意見だけを聞いている」
「新規サービスの開発をする人間ばかり待遇面で優遇されている」
「新しい社内コミュニケーションツールはいらない、メールで十分」
「社長がオープンに質問に答えたら、逆にこっちの意見が言いづらくなる」
など、次々に改革への不安や疑問が社員から寄せられた。中村代表はそうした社員の声に半年かけて答え続けた。小さな疑問や、改革を冷やかすような質問もあったが、全ての質問への回答を社員全員が閲覧できる社内コミュニケーションツール上で公開した。痛みから逃げ、制度を作り上げる側が理念の説明を怠っていては、組織改革の実現は遠のく。社員の疑問に真っ向から答え、言語化に努めなければ「バリフラットモデル」は成功しなかった。
「バリフラットモデルを取り入れた。情報公開のため新しいツールを取り入れた。それだけでフラットで強い組織になれるわけではありません。経営者が行う上からのトップダウンのオープン化と、社員からのボトムアップのオープン化の両方があって初めて社内の情報格差解消が可能になります」
なぜ今、フラットでオープンな組織が必要なのか。改めて問いかけると、中村代表は「バリフラットモデルは奇をてらったものではなく、時代とマーケットに合わせて生まれた組織の形です」と答えた。
「過去の社会では権力差、秘密主義があった組織が生産性向上にふさわしかった。でも、現代社会では偉い者の言うことを聞け、というだけで組織は機能しません。バリフラットモデルはスピード感を維持し、社員が成長し続けられる、時代の要請に合った組織の形なのです」【取材・編集:@人事編集部】
企業情報
株式会社ISAO(イサオ)
・事業内容:クラウド活用支援、サービス企画/開発/運営、課金/決済代行/認証
・従業員数:112人(2019年4月1日現在)
・設立:2010年2月(創業1999年10月)
・未上場
・本社所在地:〒111-0053 東京都台東区浅草橋5-20-8 CSタワー7階
【編集部より】
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