左遷はチャンス(第2回)
左遷をチャンスにするには?(『左遷論』著者・楠木新氏寄稿)
2016.04.13
人事部内では適材適所が原則で、左遷は建前上存在していない。一方で社員が左遷だと受け取ることは日常茶飯事であるということを前回に述べた。このギャップが生じる理由は、人事異動の意図や理由の説明不足、社員が周囲の評価よりも自分を3割高く見積もっていること、同期から遅れたくない意識が強いから、などと指摘した。今回は、個々社員が「左遷」だと感じたときに、どう対応すれば良いかについて考えてみたい。
若い時の左遷と、40代以降の左遷
同期入社の比較感が強く、部課の格差を社員全員が認知しているような伝統的な会社では、定期異動があると、若手社員の時から「都落ち」「飛ばされた」「左遷だ」といった言葉が飛び交うこともある。ただし多くの場合は、その後にリカバリーする機会が残されている。
ただ40代以降になると、社内での評価もほぼ固まってくるので、再起することは容易ではない。リカバリー可能なケースは、ほぼ下記の3点に限られる。
1つは、過去に一緒に仕事をした先輩や同期からのヒキである。管理職になるのが多少遅れても、上層部からの評価によって同期のトップ層に返り咲くことはありうる。もう1つは自分の上司や先輩社員が、病気や事故によって出社できなくなったり不祥事の責任をとって突然姿を消したりするケース。会社は継続的に、かつ円滑に業務を進める必要があるので、力不足と思っていてもその人材を昇格させて急場をしのぐ。最後は、昨今の女性登用などのように、対外的なアピールのために特定の対象者の評価を引き上げるケースである。
しかしこれらの3つのケースはいずれも他人頼みで、自分の努力や能力を磨くことで実現できるものではない。
そういう意味では、40歳以降になると、自力での敗者復活はあまり期待できない。毎年毎年、ポスト待ちの社員が行列をなして後ろに控えているので、会社はリカバリーを認める余裕がない。「左遷」になった時の対応が本当に必要なのは40代以降なのである。
「降りること」はむつかしい
左遷されたのなら、会社の仕事は割り切って、家族を重視して自分が本当にやりたいことに取り組めばよいと簡単に考える人もいる。しかし全員参加型の組織運営をしている会社が多いので、頭では分かっていても、このシステムから降りることはそれほど簡単ではない。
組織が安定しているときは、その構成員は共通の意識タイプを選び、それがいつのまにか他の選択肢の存在すら疑わない状態になっていることもある。また現状を維持するための規則や習慣を守り抜くことを自分にも他人にも求めるようになりがちだ。言い換えれば、参加者全員が同じように頑張るというメカニズムが会社組織の中に組み込まれている。夜のちょっと一杯や休日のゴルフも、本来はプライベートなことなのに、実質上半強制的に参加しなければならない会社は少なくない。
就業時間後でも上司や同僚が残っていると帰りづらい雰囲気があって、仕事が終わっていても席にとどまっている光景もよく見られる。また自分自身の時間を作り出すための休暇も取得しづらいのが現状だ。
ある新聞社の社員は、役職の昇格を求めず、自分が意味のあると思った仕事だけに注力していた。しかしそのスタンスを貫くのは大変だったのか、中高年になってアルコール依存症で体調を崩したという話を聞いた。「会社を降りること」にもストレスがかかるのである。
左遷を転機に活かすには
そういう意味では、時間をかけて左遷と対峙することが重要だ。私は、今回「左遷論」(中公新書)を書くにあたって、多くのビジネスパーソンにヒアリングをしてきたが、左遷を転機にできる人には、いくつかの共通項があった。第1は、左遷体験の中からヒントを見出していることだ。左遷に遭遇することは「会社とは何か」「自分と組織との関係」を深く考える機会であり、新たな発想を生む可能性をはらんでいる。
そしてもう一つの共通点は、自分の出世や利益を中心に考える姿勢から、一緒に働く仲間や家族などを大切にする他者へのまなざしが新たに生まれていることだ。誰かの役に立つという姿勢に転換しているといってもいいかもしれない。
例えば、40代半ばに支店長とソリが合わずに、関連会社に出向になった銀行員のYさんは、歩き遍路の魅力に目覚めて、退職後はお遍路文化の普及など多方面で活躍している。彼は、出向になった当時は「なぜ上司は評価してくれないのだ」と、出世レースから外れたくやしさが頭から離れず、悶々とした日々を過ごした。
Yさんが「お遍路」に取り組むようになったのは、「お接待」に心が動いたからだという。銀行員時代にも接待と称して会食やゴルフをしていた。しかしそれは結局、自分の成績のためのものだった。一方で「お接待」は見返りを求めるものではない。菅笠、金剛杖、白衣を着て歩いていると、見知らぬ地元の人が「お遍路さん、頑張って!」と励ましてくれたり、お茶をふるまってくれたりする。時には家に泊めてくれることもあった。Yさんが遍路道の整備作業や小学校でのお遍路授業などに無償で取り組むのは、それらに応えたいという気持ちからだという。
左遷の心情には、「自分はもっと優秀なのに」「なぜ認めてくれないのだ」といった、自らの出世や利益を中心に考える姿勢がある。面白いことに、その考え方から脱するには、順風満帆な状態ではむつかしい。何らかの意味で挫折的な出来事が背中を押すのである。そういう意味では、左遷は、新たな自分を見出すためのきっかけでもある。それを活かして転機やチャンスにするには、左遷自体やその背景にある会社組織のことをよく知ることだ。加えて、自分自身に正面から向き合うことが求められる。
>>>「【第3回】左遷を乗り越えるための『もう一つの本業』探しのススメ」に続く
- 楠木新氏の近著
- 『左遷論 – 組織の論理、個人の心理』
出版社:中央公論新社
発売日:2016年2月24日
価格:886円
Amazonへのリンク内容:左遷という言葉は「低い役職・地位に落とすこと」の意味で広く用いられる。当人にとって不本意で、理不尽と思える人事も、組織の論理からすれば筋が 通っている場合は少なくない。人は誰しも自分を高めに評価し、客観視は難しいという側面もある。本書では左遷のメカニズムを、長期安定雇用、年次別一括管 理、年功的な人事評価といった日本独自の雇用慣行から分析。組織で働く個人がどう対処すべきかも具体的に提言する(Amazonページより)。
執筆者紹介
楠木新(くすのき・あらた)(人事コンサルタント) 1979年京都大学法学部卒業後、大手生命保険会社に入社し、人事・労務関係を中心に、経営企画、支社長を経験。勤務と並行して、「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演・大学講師に従事。朝日新聞beにて、「こころの定年」を一年余り連載。15年に定年退職。「人事部は見ている。」(日経プレミアシリーズ)「働かないオジサンの給与はなぜ高いのか」(新潮新書)など著書多数。16年2月に、「左遷論」(中公新書)を出版。
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