フリーランス女医が本音で語る
医師には適用されなかった「働き方改革」 長時間労働の解決策とは
2019.03.05
医師の働き方改革について、厚労省が提案したのは「勤務医の時間外労働は年960時間以内」「外科や医師不足地域では2,000時間も容認」案だった。
※参考:「残業年960時間、特例2,000時間の中身とは~厚労省から水準案」(CareNet)
一般労働者の時間外労働の上限時間である「年360時間・月45時間」を大きく上回る残業時間が厚労省から提案されたことを受け、世間からは批判の声が多く挙げられた。現場の医師達からの反対もあって修正されたものの、改革案は医師の長時間労働問題の根本的な解決に結びつくものとは言いにくい。
医療の世界の第一線で働くフリーランス女医・筒井冨美氏が、「医師の働き方改革」問題をテーマに、終身雇用や年功序列を基本にした日本のメンバーシップ型雇用の限界について解説する。
医師の過労死が絶えない訳
2016年1月、新潟県の某公立病院に勤務する37才(注:医師としては3年目)の女性医師が、自宅付近の公園で亡くなった。死因は低体温症で、遺体発見現場には睡眠薬と酒が残されていた。遺書は無かったが、状況から自殺と判断された。
電子カルテの操作から推計された女性医師の時間外労働時間(注:勤務時間ではない)は「月平均177時間、最大251時間」に及び、遺族は労災を申請した。しかし、病院側は「(時間外労働の)多くは医師としての学習が目的で、労働時間に当たらない」と釈明していたが、翌2017年には過労自殺として労災認定された。そして2019年2月、労基署が関係者を書類送検したことが公表された。
「またか」との思いで、私はニュースを聞いた。2015年にも東京都の某公立病院に勤務する、産婦人科の30代男性医師が自殺している。死亡6か月前の時間外労働は「月143~209時間」「休日は6か月に5日」と報道され、2017年には労災認定されている。
「持ち回り」病院長は、人事制度改革への意欲がない
双方とも “公立”病院なのが、この問題を考える上での重要なポイントである。人事制度が昭和時代のままで硬直化しており、定年まで右肩上がりの待遇が維持されているので中高年管理職が増殖しがちで、少ない若手医師は薄給激務になりやすい。
表面的にはコンプライアンス遵守を強く求められるので、なまじ「時間外労働は月60時間まで」と制限されると、事実上「60時間以上はサービス残業」となりがちだ。コスト意識が薄く、病院長は「60代ベテラン医師が2~3年ずつ持ち回り」なので、根本的な人事制度改革や業務効率化への意欲が乏しい。
医者には適用されなかった、働き方改革関連法
2018年に成立した「働き方改革関連法」では「2019年度から、時間外労働は年720時間が上限」と定められたが、ほどなくして「業務の特殊性に配慮し、医師は2024年度まで猶予」と発表された。
2017年には、厚労省で「医師の働き方改革に関する検討会」が始まっているが、「勤務医の時間外労働は年960時間以内」と提案された。更に、「外科や医師不足地域では2,000時間も容認」案も公表されたが、現場の医師達からは「ただでさえ不人気の外科や僻地の病院の長時間残業を容認したら、ますます希望者が減るだけ」という大ブーイングが起こった。
※参考:医師の残業上限年2,000時間 約7割の医師が「支持しない」と回答
予想外の反論にビビったのか、2019年2月の検討会では、「年1,860時間以内」と、下方修正された。ありがたや……(棒)。というか、昨今の労災認定における過労死水準が「時間外労働月80時間」なのに、その元締め官庁たる厚労省がサラッと倍の水準を提案するのも、何かすごく間違っている気がするのは私だけではあるまい。
女性減点入試の光と影
2018年、東京医科大学など複数の医大が組織的に女性受験生を水面下で減点したことが発覚して大騒動になったが、どこの大学病院もニュース化していないだけで、限りなく過労死に近い若手医師の急死は経験している。「産休・育休・育児時短リスクの高い女性は、極力入学させない」というアドミッションポリシーは、法律的・倫理的にはともかく、個々の医師に対する長時間労働軽減策としては有用だったのも事実である。
※参考:東京医大が女性減点入試に至った理由と、唯一の解決法
しかしながら本騒動の余波で、2019年度入試からは医大入試における女性や高齢(多浪)受験性の減点は事実上不可能となり、2025年度からの女医率上昇は確実視されている。多くの大病院は今なお公立なので、産育休時短のコンプライアンスは遵守される(はずだ)が、2024年度から始まる(はずの)時間外労働制限とどう両立させるかについては、厚労省も文科省も沈黙したままである。
「報酬改革」なき働き方改革は無意味
仕事とは、労働者のスキルや時間を金に換える行為である。だから、真に有効な働き方改革を求めるならば、同時に報酬システムも改革しなければ実現しない。「ゆう活」「プレミアムフライデー」など、カネの話をしない働き方改革は、いくら多額の宣伝広告費を使っても不発に終わってしまう。
「眼科医が増えすぎて、外科医が不足」ならば、最もシンプルかつ有効な対策は、「眼科の給料を下げて、外科医の給料を上げる」ことである。長時間労働が外科の宿命ならば、時間外勤務に相応の手当金を支払うことで、「眼科は定時に上がれるが薄給」「外科は残業が多いが高給」に調整することこそが双方納得できる解決法である。
報酬システムに手を付けず、「眼科は960時間、外科は2,000時間まで時間外労働容認」という厚労省の提案は、外科の不人気や現場の不和を加速するだけである。
「医師不足地域は2,000時間まで容認」案も、僻地の医師不足を加速するだけである。せめて「医師不足地域は2,000時間まで容認するが、時間外勤務手当金が満額支給されるように厳しく監督」としたほうが、僻地の医師確保には有用だろう。
「終身雇用」「年功序列」 日本のメンバーシップ型雇用には限界が来ている
病院に限った話ではないが、終身雇用や年功序列を基本にした日本のメンバーシップ型雇用は既に綻びだらけで、今後も維持することは困難だ。
※参考:女性をチヤホヤして、周囲は我慢するような「女性活躍」は破綻する
2025年度以降の女医増加で、独身女医やらママ女医やらシングルマザーが入り乱れる職場では、ドラマ「白い巨塔」のような年功序列のヒエラルキー構造を維持することは不可能である。
「育休や育児時短は女しか取得しない」と今なお固く信じている中高年管理職も存在するが、「育児を理由に当直免除を要求する男性医師」も適法だし、既に実在し、増えつつある。
メンバーシップ型よりジョブ型、規制強化よりも流動化
2019年度入学の医学生が医師になるまでの6年間で、病院は成果ベースの流動的な報酬制度を導入しておくべきである。たとえば、「月収100万円の医師が3人在籍し、1人が産休に入れば、産休中をカバーする同僚2人は月収150万円になる」といった制度である。
そして、「研修医→医員→科長→副院長→院長」のような日本型の一方通行の昇進システムは、2025年以降の病院では通用しないと覚悟すべきである。役職は1~3年程度の有期契約にして、それぞれのスキルや家庭状況に応じて柔軟に上下できる制度を整えておくべきである。今後、産育休時短取得者の多発する医療現場では、私のような外部フリーランス人材との契約は不可避となるだろう。
あるいは、年功序列に固執する病院は、医師不足に陥って淘汰されるだろう。ちなみに、公立病院で医師が全員辞職した場合、残った職員の分限免職(会社倒産における整理解雇に相当)は適法である。公務員と言えど「大量クビ切り」は、既に実行されているし。
一部の外科や僻地勤務医には「年2,000時間を超える時間外労働」が残るだろうが、相応の報酬で応えるべきである。外資系金融や戦略コンサルも激務で知られているが、学生の人気は高い。「相応の報酬を伴う期間限定の激務」ならば、希望者は現れるのだ。
近い将来、フリーランスやジョブ型雇用は医療界において普遍化し、年功序列的なメンバーシップ型雇用の方が衰退してゆくだろう。こう私は予想している。
【編集部より】
企業の人手不足解消に関する記事はこちら。
執筆者紹介
筒井冨美(つつい・ふみ) 1966年生まれ。地方の非医師家庭に生まれ、某国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、メディアでの執筆活動や、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など医療ドラマの制作協力にも携わる。近著に「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」がある。
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