特集「介護離職」第1弾
介護離職で社員のキャリアを奪い後悔させるのか 大成建設の離職防止策
2019.03.05
大成建設(東京・新宿)環境本部の後藤謙治さん(47)は、社内の休暇制度や公的な介護サービスを活用し、母(80)を自宅で介護しながら勤務を続けている。介護施設を利用するか、在宅で介護するか、仕事は続けられるのか――。「最も介護離職が起こりやすい」とされる介護開始時に、後藤さんが仕事と介護の両立を選ぶことができた理由とは。後藤さんと、人事部の塩入徹弥部長に聞いた。【取材:2018年12月12日】
【特集】介護離職(トップページ)
※参考:育児・介護休業法改正の3つの柱と人事担当者が取り組むべき3つのポイント
「介護で残業できません」宣言
後藤さんは現在、認知症で要介護4(日常生活に全介護が必要)の母と2人で暮らしている。母はいつでも徘徊してしまう可能性があるため、24時間の見守りが必要だ。後藤さんが勤務する平日は、母はショートステイを利用。後藤さんの仕事が休みとなる土日は、同じマンションに住む姉と協力し、母の食事や排泄など生活介助全般に取り組む。
後藤さんは月に1回程度、レスパイト(休息)のために会社の介護休暇制度を利用することもある。会社の諸制度と公的な介護サービスを組み合わせ、うまく自分の時間をつくっている点が、後藤さんが仕事と介護を両立させている理由の一つだ。
後藤さんの生活が一変したのは、2014年、当時一緒に暮らしていた父(2016年に死去)と母が、立て続けに転倒して骨折したときだった。それ以前は両親とも日常生活に大きな支障なく暮らしていたが、骨折を機に父は寝たきり、母は認知症の症状が一気に進行した。2人はそのまま入院。後藤さんは両親の入院生活をサポートすると同時に、退院後を見据えて2人の介護の準備を始めることになった。
後藤さんは会社の介護休暇を一気に利用。自宅で介護ができるか、どのように公的介護サービスを利用するのか、1カ月掛けてケアマネジャー(介護支援専門員)と綿密に話し合った。両親2人分の介護プランを決めながら、自宅に手すりをつけたり車椅子を用意したり、在宅介護をするための環境整備を一気に進める怒涛の日々。
「この先、いつまでこの状態が続くのだろう」。漠然とした不安に襲われた。
介護開始当時の怒涛の日々を振り返る後藤さん
そんな後藤さんを支えたのは、会社からの介護に関する情報提供と、何でも相談できる職場の仲間の存在だった。後藤さんは両親の介護プランを考える上で自身の働き方を考えるため、会社のイントラネットで社内制度の使い方を確認。さまざまな制度が用意されており「これなら介護と仕事が両立できるかもしれない」と感じた。また、職場の上司は以前から家族を介護していることを、後藤さん含む部下たちに打ち明けていたため、後藤さんも介護の開始を周囲に言い出しやすかった。後藤さんは同僚に現在の家族の状況を告白し「終業時間の午後5時半以降は残業できない」と説明。職場では後藤さんの業務量を調整し、その時間以降は会議が入らないよう配慮している。
「会社が私の『介護で残業できません』宣言を受け入れてくれた。何でも言い合える職場の皆が、事情を理解してくれるのが一番ありがたい」(後藤さん)
介護セミナーは社員の家族も参加可能
経団連によると、介護離職の要因には「初動時のつまずき(介護に直面した際に必要な手続きや相談先が分からない)」や「社内で相談できないことによる孤立」が挙げられる(経団連「仕事と介護の両立支援の一層の充実に向けて 企業におけるトモケアのススメ」)。社員が介護開始直後に混乱せず、周囲に介護や制度の利用を相談できる大成建設の職場は、どうつくられているのか。
鍵となるのは、介護に関する情報提供の多さだ。大成建設のイントラネットには、介護保険の基礎知識や社内の介護休業・休暇制度、相談窓口の案内をまとめた資料が用意されている。中でも介護者に役立つのは、ケアマネジャーとの相談時に使えるリーフレット。社内制度の概略がA3版1枚に全てまとまっている。社員自身の勤務時間や睡眠時間、健康状態、介護に使える金額のイメージを書き込む欄もあり、社員はケアマネジャーにリーフレットを手渡すだけで、社内の支援体制や自分の仕事の状況、介護に関する希望を共有することができる。(提供:大成建設)
社員がいつでも閲覧できる場所へ多様な情報を提供することで、介護者の介護開始時の混乱を軽減できる。介護前の社員には、「介護」の存在や会社が支援体制を整えていることを浸透させられる。
また、介護セミナーの実施にも力を入れている。セミナーは本社で年に数回開催するほか、全国の各事業所や建設現場でも随時実施している。テーマは毎回異なり、社員の要望に合わせて介護の専門家が介護保険制度や認知症について解説する。介護と仕事を両立している社員が登壇し、実体験を話すこともある。
2010年のセミナー開始当初から2018年までの総参加者数は、延べ1,500人に上る。当初は毎回20人程度の参加だったが、現在では40~50人が集まり、社員の関心も高くなっている。また、業務でセミナーに参加できない社員を配慮し、社員の家族でもセミナーに参加できるようにしている。セミナーは動画版もあり、イントラネットで視聴できる。
(提供:大成建設)
介護中の社員の姿を見せて「お互い様意識」を醸成する
大成建設はなぜ、介護離職防止策に力を入れ始めたのか。
同社は2007年、女性活躍推進の一環として介護と仕事の両立支援に動き出した。人事部は女性社員にヒアリングを行い、女性たちが少なからず介護に不安を抱えていることを把握。また、介護は女性だけの問題ではないこと、介護の状況も各家庭でさまざまに異なることを考慮し、人事部が全社的に、社員の個別の事情に合わせて多様な情報提供をすることとなった。
介護離職防止策として、大成建設が重視しているのは「お互い様意識」を醸成すること。介護を他人事にしない雰囲気をつくるため、社員が自らの介護体験を話すセミナーを設けている。
セミナーでは、介護中の社員が自身の介護の様子や困ったこと、大成建設で介護と仕事と両立するこつを、自らの言葉で説明する。人事部は当初、介護というプライバシーが関わる問題で、社員の協力が得られるのか心配していた。しかし、介護に関する全社アンケートの中で協力者を募ったところ、複数の社員から了承を得られた。実際の社員の姿を通してさまざまなロールモデルを示すことが、「介護しながら働き続けられる職場づくり」につながっている。さらに、まだ家族の介護を体験していない社員にとっては「誰もが介護と直面するときが来る」と心構えできるため、社内全体で「お互い様意識」も醸成できる。
法律の範囲内の制度しかなくても、臆することはない
大成建設では、イントラネットでの情報発信やセミナーの開催により、企業全体として介護への理解度が高くなりつつある。しかし、人事部の塩入部長は「そうは言っても、介護は誰にとっても『できれば遠ざけたい話題』。いざ介護に直面するまではなかなか真剣に考えようとしないため、『お互い様意識の醸成』はまだ道半ばの状態」と明かす。
それでも重要なのは「粘り強く発信し続けること」(塩入部長)。戦力である社員の介護離職を防ぐために「会社は、社員に介護と仕事を両立して働き続けてほしいと考えている」との思いとともに、支援策の存在を広めていくべきだ。
「介護はできれば遠ざけたい話題だが、情報発信し続けることが大切」と話す塩入部長
また、企業の中には、法律の範囲の介護休業や休暇しか用意していないため、積極的に社内でアピールしていないケースもあるかもしれない。大成建設も以前はそうだったが、「法律の内容も知らない社員も多い」(塩入部長)。法制度以上の取り組みがあるかどうかに関わらず、基本の知識から情報提供していくことが大切だ。
「介護離職は誰のためにもならない」
現在は介護と仕事を両立している後藤さんも、介護開始直後には「一瞬、介護離職することも考えた」という。しかし、介護離職をすればこれまでに築いたキャリアが閉ざされ、経済的にも苦しくなる。その結果、費用を気にして家族にクオリティーの低い介護を受けさせるようなことはしたくない。「介護離職は誰のためにもならないと思った」(後藤さん)。
会社にとっても、年齢的に要職に就きやすい40~50代の人材を介護離職で失うのはダメージとなる。会社が介護者の支援体制を整えていることを伝え、介護の知識や制度の周知を高めることが重要だ。各人事担当者は自社でどう情報発信すれば、介護離職を防ぐ「何でも言える職場」をつくることができるか、意識を向けてほしい。
大成建設の介護と仕事の両立支援策一覧
・介護休業制度:要介護者1人につき180日取得可能。分割取得や半日単位の利用もできる
・介護休暇制度:要介護者1人につき年間で10日間付与。有給かつ時間単位の取得もできる
・リバイバル休暇:繰越期間満了により失効した年次有給休暇を最大80日間積み立て、親の介護で休みたい時に利用できる。半日単位での利用も可能
・勤務時間短縮措置:勤務時間として7、6、5、4時間の4パターンを用意。下記の「勤務時間の繰り上げ、繰り下げ」との併用し、措置開始から3年間何度でも利用できる
・勤務時間の繰り上げ、繰り下げ:デイサービスの送り迎えの時などに応じて、勤務時間を繰り上げ、繰り下げできる
・勤務地変更制度:家族の介護のため、勤務限定社員が希望する勤務地に異動できる
・ジョブリターン制度:介護を理由に退職した社員のうち、希望者を再雇用する
・介護セミナーの開催:介護と仕事の両立に必要な情報を提供する。社員が介護体験談を話すことも
・相談窓口の開設:提携先の介護支援団体の職員と個別に相談できる
企業情報
大成建設株式会社
・本社所在地:東京都新宿区西新宿1―25―1新宿センタービル
・創業:1873年10月
・従業員数:9,662人(2018年3月時点)
・事業内容:建築工事、土木工事、機器装置の設置工事、その他建設工事全般に関する企画、測量、設計、監理、施工、エンジニアリング、マネジメントおよびコンサルティングほか
【編集部より】
■介護離職に関する記事はこちら
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