企業による奨学金支援制度を解説
採用活動に有利? 企業が学生の奨学金返済を肩代わりすると何が起こる?
2019.01.21
人手不足、特に新卒人材の不足が顕著になり、その争奪戦が現在進行形で激しくなっています。その中で、奨学金を受給している学生に対して、給与に奨学金の返済額を上乗せする(=奨学金返済を実質肩代わりする)という条件での採用活動を始める企業が出てくるようになりました。
当記事では、「企業による奨学金返済の肩代わり」(以下「当施策」)を導入することによって企業が受ける影響を、「採用活動」「離職のリスク」「既存社員との待遇差」の3つの観点で解説します。また、当施策を実施する上での必要条件を紹介します。
採用活動に与える影響
奨学生の応募が増えることで雇用コストも増える
独立行政法人日本学生支援機構の調査によると、奨学金を受給している大学・短大(通信除く)の学生の割合は、全学生のうちの約38%(平成28年度時点)となっています。日本学生支援機構以外の組織・団体から奨学金を受けている学生も一定数いることを加味すると、実態としてはもう少し高い数字になるものと思われます。
つまり、全新卒学生の少なくとも4割程度は、当施策を実施する企業が就職活動の有力な選択肢となり、採用母集団の形成において極めて有利に働くことは間違いありません。
ただ、奨学金を受給していない6割程度の学生にとっては、当施策が志望意欲の向上につながることは稀でしょう。つまり、実際に増加する応募者は軒並み奨学生ということになり、母集団全体における奨学生の比率が大きく上がることとなります。
結果として、内定者全体に占める奨学生の比率が大きく上がり、必然的に必要コストが跳ね上がることとなります。よって、施策の導入前に綿密な資金繰りシミュレーションが必要となるでしょう。
「お金」へのモチベーションが高い層が集まる?
また、現代の就活生の傾向として、「仕事のやりがい、プライベートの確保・充実>お金」という発想が多く見られます。これを前提に考えると、当施策の実施によって採用母集団の数が増えることは間違いないものの、同時に「お金」へのモチベーションがより高い層(=学生の全体傾向から考えるとマイノリティに属する層)が集まってくるものと推測できます。
そのため、それに合わせて会社説明での訴求ポイントや選考での評価基準を微修正するという内部の調整も必要になるでしょう。
離職リスクに対する影響
奨学金の返済期間は離職対策の役割を果たす
当施策の恩恵を受けている社員にとって、他社に転職するというのは(仮にその他社が同じ給与水準であるなら)実質的な年収が下がることを意味します。よほど自分の能力に自信があり、どの会社に行っても多く稼げるという人であればともかく、成果主義が浸透しつつある現代において成果と関係なく受け取れる収入(それも決して少なくない額)があるというのは、他社への転職を思い留まる大きな理由となるでしょう。
奨学金の返済期間は、最長で20年(※日本学生支援機構の場合)です。結果的に、当施策が早期離職に対する防御壁としても機能することになります。
奨学金の返済が完了すると離職リスクに転換する
一方で、奨学金返済が完了した時点で、会社に留まり続ける大きな理由が一つ消滅するということでもあります。そのため、先述の“「お金」へのモチベーションがより高い層”の社員が合理的にものを考えていった場合、奨学金返済完了のタイミングこそが転職を行う最も適当なタイミングだと考えることになります。まさしく「金の切れ目が縁の切れ目」という結末になってしまう恐れがあります。
これを、致し方なしと考えるか、困ると考えるか。後者であれば、当施策導入までにあらかじめ対策を検討しておく必要があるでしょう。
社員間の処遇の整合性に与える影響
新入社員であれば奨学生と非奨学生に感情的な待遇差は生まれにくい
当施策を導入する場合に、既存社員との整合性は絶対に押さえなければならないポイントです。
新入社員間であれば、当施策で給与に上乗せして支給される金額は結局のところ、奨学金の返済により相殺されます。つまり、奨学金を受給していない新入社員とは実質的に同じ手取り額となり、不公平感は出てこないと思われます。
新入社員と既存社員における処遇の整合性を保つ
しかし、既存社員の中にも、現在進行形で奨学金を返済していたり、既に返済を終えていたりする人が一定の確率で存在するはずです。当施策の恩恵を受ける新入社員と既存社員との処遇の整合性をどのように保っていくかが大きな課題となります。
これは一歩間違えれば既存社員のモチベーションや経営陣への信頼度が大きく低下することにつながるため、制度設計や制度導入時の社員説明を相当にうまく行う必要があります。
奨学金肩代わり制度導入の必要条件とは
以上を踏まえると、当施策はひとまず目先の新卒採用に関してはメリットが大きいものの、後々に大きな副作用が発生してしまうものであると言えるでしょう。
そこで、当施策の導入にあたっては、次の2点が欠かせないと考えます。
(1)事前の綿密なシミュレーション(特にコスト面において)に基づく経営への影響度把握
当施策のように社員の年収に直結する施策は、一旦導入したらそう簡単には撤回できません。
法的な是非がどうであれ、最悪の場合、不利益を被る社員から訴訟を起こされることもあり得るという前提の下での判断が求められます。
(2)経営者や人事部署の長期視野での自信
現代の就活生気質を考えると、当施策に惹かれてくる層というのは、仕事に対してやりがいよりも即物的にお金にこだわる層(あるいはこだわらざるを得ない層)になると考えられます。
そのため、「最初はお金目的で入社するという気持ちでも構わない。数年もウチで働いていれば、決してお金では手に入らない魅力や充実感を感じ、返済完了後もウチで働きたいと思ってくれるはずだ」という長期的な視野で自信がなければ、正直導入は控えたほうが無難でしょう。逆に、導入する以上はそれくらいの自信を持ってご対応いただきたいと思います。
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執筆者紹介
林修三(はやし・しゅうぞう)(株式会社ヒュームコンサルティング代表取締役) 1975年生まれ。仙台市在住。東北大学法学部を卒業後、大手自動車部品メーカーの経営企画職~IT企業の人事・採用職を経て現職。現在は東北地方の複数の大学でキャリア系科目講師として学生の就職指導に努めるほか、人事・採用コンサルタントとしても活動中。
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