特集「東京五輪 急務のリスクマネジメント」第4弾
東京五輪は未曾有の人材不足? 建設業を通じて考える、企業の人材獲得戦略
2018.12.20
2020年に迫る東京五輪では、全国で81.5万人もの人材ニーズが発生すると予測されている。どの業界がどれほどの人手を欲するのか。人材不足に苦しむ業界の展望を具体的なデータを基に紹介する。
また、とりわけ深刻な人手不足になると考えられるのが、建設業界だ。建設業界を取り巻く人材需要の状況と、未曾有の人材不足を乗り越えるための方策を、リクルートワークス研究所主任研究員の中村天江氏に聞いた。【取材:2018年11月1日】
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東京五輪の2大「人手不足業界」は建設業とサービス業
2016年に研究所が発表したレポート「東京五輪2020人材調達スキームの提言 世界へと発信するレガシーを目指して」によると、東京五輪によって生まれる全国の人材ニーズは81.5万人。東京五輪による経済波及効果の予想やロンドン五輪での人材ニーズの結果を基に推計した。81.5万人とは別に、約8万人の大会運営ボランティアも動員される予定だ。
人材ニーズを分析すると、五輪に伴い特に人材を必要とするのは、建設業とサービス産業の2つだ。建設業は会場や選手村などの箱物やインフラの整備を一手に担い、人材ニーズは33.5万人と推計される。
建設業だけで五輪全体の人材ニーズの約4割を占める計算だ。サービス産業は会場周辺に殺到する観光客への飲食、販売、宿泊対応などの「おもてなし」に、28.9万人が必要となる。
(出典:リクルートワークス研究所「東京五輪2020人材調達スキームの提言 世界へと発信するレガシーを目指して」(2016年))
各業界では、いつ人材ニーズのピークを迎えるのだろうか。
中村氏によると、当初は建設業が開催前の2017から2018年に、サービス業やその他の業界は五輪開催の2020年と考えられていた。
しかし、建設業に関しては一部で工事が遅れているため、「ピーク時期も予想よりも少し遅れる」(中村氏)見通しだ。
人手不足は構造的な問題。五輪直前の対策では手遅れ
五輪の人材ニーズの特徴は、一過性であり、長期的に雇用が続くわけではない点だ。一過性のニーズに人材が集まるかが、懸念材料となる。
2012年のロンドン五輪でも同様の人手不足が不安視されたが、2008年のリーマン・ショックの影響でイギリス国内の雇用情勢が悪化していたため、賃金が高騰することなく必要な人数を確保できたという。
2016年のリオデジャネイロ五輪でも、人材獲得は比較的容易だったそうだ。リオデジャネイロには貧困地区があり、住民の数はブラジル国民の約10%を占める。この潜在的な人材プールも活用することができた。
しかし、現在の日本はそのような状況にはない。「人材確保のためにどう対策をするかは、過去の事例にとらわれずしっかりと考えなければならない」(中村氏)
研究所のレポート「東京オリンピックがもたらす雇用インパクト」(2014年)にも「(現在の人手不足の)雇用情勢が急転することなく、この状況がそのまま続いては、 81.5万人の人材ニーズが満たされることはない」と記載されている。
建設業やサービス産業は五輪以前から構造的に人材難の課題を抱えており、五輪の開催直前に対応を考えるのでは手遅れになる。今回は、特に人材ニーズの高い建設業を通じて、企業が取るべき対策を考えたい。
建設業は慢性的な人手不足、震災の復興需要、五輪による人材ニーズの三重苦
五輪による人材需要は、建設業界にどれほどの影響を与えているのか。
中村氏は「建設業界におけるさまざまな人材ニーズのうち、五輪によるものは7%程度にすぎない」と説明する。
この数値だけでは、建設業界の雇用環境を激震させるほどの人材需要が生まれているようには見えない。しかし、業界が長期的に抱える「人手不足」の問題の深刻さを考えれば、対策の必要性が理解できるはずだ。
建設業界は以前から、3K(きつい、汚い、危険)のイメージや賃金の減少などの理由で、若い世代が就職先として希望しなくなっており、他の産業に比べて人材の高齢化が進んでいる。
このような状況の中、2011年には東日本大震災が発生し、土木事業のニーズが急激に上昇した。さらに、2020年完成というタイムリミットが存在する東京五輪事業が加わり、人材需要に拍車をかけた。
建設業界は、恒常的な人材流出の構造、震災復興による人材の窮迫、五輪という失敗の許されない時限的なイベントという三重苦にさらされてしまったのだ。
また、北海道や熊本県で発生した地震の復興事業も重なり、関東、北海道、九州の各地で人手が必要とされるようになった。五輪対応はもちろん、業界全体の人材不足をどう解決するか、という視点で対策を練る必要がある。
過酷な労働環境やワークライフバランスの問題が働き手を敬遠させる
人手不足の課題を打破するため、建設業界はどう動いているのか。重要なキーワードとなるのが、働き方改革だ。政府は建設業界と連携し、官民一体で「健康管理」「労務管理」「賃金アップ」を進めている。
建設業界が働き手から敬遠される主な理由は、過酷な労働環境やワークライフバランスの難しさ、ダイバーシティーの遅れなどだ。
例えば、他業種ならば週に2日程度あるはずの休暇が、建設業では平均で1日と少しにとどまる。また、納期に遅れそうになると、長時間労働が常態化する。トイレをはじめ、現場の衛生環境が整っていないケースもある。
中村氏によると、不幸にも過労自殺が起きた五輪直轄の建設現場では現在、午後8時までには必ず業務を終了する、健康相談所を設置する、従業員にストレスチェックをするなど、さまざまな施策が行われるようになった(参考:産経新聞「新国立競技場の現場監督『過労自殺』か 遺族が労災申請、五輪組織委に再発防止要請」(2017年7月20日))。
建設業界は、健全な雇用環境を実現させるための過渡期にあるのだ。
人手不足の解決法として、女性からも受け入れられる労働環境を整えることも重要だ。
週休2日制を推進する、自由に水分補給できる環境をつくる、冷却装置のついた作業着を導入する、従業員の体調に配慮する、女性用トイレを設けるなど、今からできる施策はいくつもある。
また、健康、労務管理を整えた上で、賃金アップも実現できれば、人材獲得における競争力はより高くなる。建設の仕事は専門的であるため、「手に職を付けられる」と働くメリットを伝えることも効果的だ。
中村氏は「建設業の旧来のイメージを払拭し、女性の『働いてみたい』気持ちに訴求できれば、まだまだ働き手を発掘できる」と断言する。
採用戦略として「建設現場でも採用活動をする」
女性が勤務しやすい現場を整えたら、実際にそこで働く女性の姿を、積極的に外部に見せることも重要だ。
最近では、女性活躍推進の意思を表明する「けんせつ小町」のステッカーを建設現場に貼り、女性従業員を募集する企業も増えている。
「建設現場を使って採用活動をする」手法とも言える。イギリスでは、建設業のイメージ改善に取り組む団体「CCS」による「improving the image of construction(建設のイメージを向上しよう)」という横断幕や、女性のイラストを建設現場に掲げているそうだ。
殺風景になりやすい建設現場を活用してアピールすることも、1つの採用戦略になる。
五輪を機に、新たな人材を獲得できる労働環境を整える
構造的な人材不足と、東京五輪の人材ニーズの課題に早急に対応している建設業界の動向を分析すると、他業種にも生かせる対策が見えてくる。
労働環境を改善し、新たな働き手を発掘するという手法だ。少子高齢化で労働人口が減少する中、女性や高齢者などの働き手を呼び込むことは大きな意義を持つ。
五輪を機に、自社の環境を一度見つめ直し、多様な人材を受け入れるために改善すべき点を見つけてほしい。
中村天江
1999年リクルート入社。就職・転職・キャリア形成支援のサービス立ち上げや企画を経て、2009年にリクルートワークス研究所に異動、主任研究員となる。2016年、一橋大で博士号(商学)取得。労働市場の調査・研究、働き方の長期予測や政策提言に取り組む。2013年から五輪が労働市場に与える影響について調査を始め、「東京オリンピックがもたらす雇用インパクト」(2014年)等のレポートを発表している。
リクルートワークス研究所
設立:1999年1月
所在地:東京都中央区銀座8-4-17 リクルートGINZA8ビル
研究員数:17人(客員研究員を含む)※2018年11月時点
事業内容:「ひとりひとりが生き生きと働ける次世代社会の創造」を掲げ、労働政策、人材移動、組織人事、個人のキャリア等の調査・研究を行う。
執筆者紹介
小泉ちはる ライター/漫画家。熊本県生まれ、東京大学経済学部卒。 出版社での勤務経験を経て独立し、男性向け雑誌の特集や書評、企業へのインタビューから映画のコラムまで幅広く担当。漫画は「田丸こーじ」という筆名で4コマ漫画を中心に執筆している。三度の飯より統計と怪談と落語が好き。
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