【特集】“評価しない組織”の衝撃 第1弾
嘉村賢州氏が語る ティール組織の誤解と企業への導入に必要な考え方
2018.10.10
2018年1月に日本語訳が発売された『ティール組織』(フレデリック・ラルー著、英治出版)が、「新しい組織モデルの出現」として話題を呼んでいる。ティール組織とは、階層構造がなく、組織のメンバーがそれぞれ裁量権を持って行動し、互いにそれを理解し合いながら業務に取り組む集団を指す。しかし、一部では「ティールをやれば必ず生産性が高まり、業績が上がる」「ティールを導入するには、組織に優秀な人材を集めなければならない」との誤解も生じている。今回は日本におけるティール組織の第一人者で、同書の解説を手掛けた嘉村賢州氏に、ティール組織の概要や誤解しやすい点、導入時の注意点を聞いた。
【特集】“評価しない組織”の衝撃~ティール組織の解説、ホラクラシーやノーレイティング実践企業の事例紹介、人事評価のアップデートまで~
プロフィール
嘉村賢州(かむら・けんしゅう)
1981年、兵庫県明石市生まれ。京都大学農学部を卒業後、IT企業で営業職を経験。2008年に組織づくりや街づくりの調査研究を行うNPO法人「場とつながりラボhome’s vi(ホームズビー)」(京都市)を立ち上げ、代表を務める。2018年4月、東京工業大リーダーシップ教育院の特任准教授に就任。
ティール組織とは
組織形態の一つで、1970年ごろに生まれた。従来のピラミッド型の組織ではなく、組織に階層構造や管理マネジメントの仕組みは存在しない。個人が裁量権を持ち、メンバーは互いに信頼関係を築き、助言し合いながら、組織の中で進化し続ける目的に沿って行動する。「ティール」とは「進化型」の意味。
オランダ最大の看護師組織「ビュートゾルフ」はティール組織の実践例の1つ。約1万人の看護師が高齢者や病人の在宅ケアサービスを提供している。看護師は自分の担当する患者とじっくり対話し、自分の裁量で責任を持って患者への対応を考える。その結果、ビュートゾルフの患者は、他の看護師組織にかかる患者の半分の時間で病気から早く治ったほか、入院時でも平均入院期間が短くなる効果があった。(参考:『ティール組織』フレデリック・ラルー著、英治出版)
ティール組織を構成する3つの要素
ティール組織は3つの要素で構成される。これらはいずれも欠くことができず、互いに関係しあっている。一つが強化されれば、おのずともう一方も強化される。
1つ目は「セルフ・マネジメント(自主経営)」。組織を取り巻く環境の変化に対して、他者からの指示を待たず、適切なメンバーと連携して対応することを指す。全ての意思決定は、メンバー同士がアドバイスやフィードバックを与え合いながら行われるため、個人の技術と組織全体の質が高まる。トップダウンによる対策より、最適な判断に到達する確率が高い。
2つ目は「ホールネス(全体性)」だ。メンバーが互いに自身の感情や考え方をオープンにし、メンバーや組織との一体感が得られるようになることを指す。他者に自分の合理的な一面ばかりを見せて「期待された自分」を振る舞い続けると、周囲からの批判の対象となることを恐れ、ありのままの自分を表現できない。組織をより円滑に運営するために、メンバーが互いに自分の内面をさらけ出せる「安全な場所」を設ける必要がある。
3つ目は「存在目的」だ。組織が何のために存在し、将来どの方向に向かうのかを探求し続けることを指す。トップである社長や創業者が決めた目的とは異なり、メンバー間で決めた変化の伴う目的を指す。ティール組織は生きた組織システムで常に変化するため、環境の変化に合わせて組織の目的や事業内容、形態も柔軟に変えていく。メンバーは組織の使命を意識して行動するため、組織レベルの責任も感じやすい。
ティール組織は「未知の世界に飛び込むこと」
では、実際に企業がティール組織を導入するにはどうすれば良いのか。
嘉村氏は「ティール組織を導入するための決まった手法はなく、導入によって起きる事象の予測やコントロールはできない」と断言する。メンバーで現状の組織の課題、腑に落ちる組織の存在目的を考え、セルフ・マネジメント、ホールネス、存在目的の3つのいずれかから取り組むことを勧める。
大切なのは、変化のプロセスには必ず失敗が伴うことを理解し、メンバーが失敗しても責めないことだ。「ティール組織という未知の世界に飛び込み、対応策が分からないことにも一歩踏み出す姿勢が重要だ。失敗を受け止め、失敗が起きた理由を考えることで組織の課題が分かり、改善することで3つの要素がそろい始める」(嘉村氏)
また、ティール組織導入の注意点として、失敗することを前提に、「一定の経済状況を保ち、明確なビジネスプランを立てておくように」と強調する。
ティール組織の導入は、社長の世界観が全て
ティール組織の導入を成功させるために、人事は社内にどのように働きかければ良いのか。嘉村氏はキーパーソンとして組織のトップを挙げる。「ティール組織の導入は、社長の変化と、組織に対する世界観が全て」。組織のトップである社長がメンバーを信頼し、自身の弱みを見せることを受け入れないと、メンバーは付いてこない。
また、ティール組織は全員が主体的に行動することで成り立ち、社長自らを除いて「現場にティール組織を実践させる」という思いでは導入できない。導入理由も、「立ち上げ当初の生き生きした職場を取り戻したい」「外部からの評価は気にせず、仕事をする喜びを大切に走り抜けてほしい」など、自身の実体験に基づいた、内的な理由でなければならない。売上の悪化、株主に対する意識などの外的な理由は、導入時に他のメンバーから賛同が得られないからだ。嘉村氏は「社長は半年から1年、ティール組織の導入に向けて内省を繰り返してほしい」と助言する。
ティール組織を導入しやすいのは中小企業やスタートアップ
嘉村氏によると、ティール組織は中小企業やスタートアップ企業で導入しやすい。中小企業では社長の権限がある程度強いため、社長の決断さえあれば導入できる。スタートアップ企業は一からティール組織の形態に挑戦できるため、その他の組織形態との乖離を感じにくい。
海外のある企業では従業員数が4万人であってもティール組織を導入している。日本の大企業でも実施不可能とは言えない。ただ、ティール組織の実践途中に失敗することを禁じる可能性がある。ある程度の混乱や失敗を恐れずに取り組むことが認められる環境であれば、実施できるだろう。
ティール組織に対する誤解
ティール組織は日本で急激に知名度が上がったが、嘉村氏は「誤解も多く広まっている」と指摘する。実際に企業がティール組織を導入するに当たり勘違いしやすい点、つまずきやすい点をまとめた。
①「階層構造を壊せばティール組織になる」は間違い
ティール組織を導入するには「組織の階層構造を無くせば良い」と勘違いされることがある。突然組織の階層構造を壊してしまうと、メンバーの安心、安全が奪われる。
最初に、ティール組織になるために必要なことをメンバー間で話し合う、階層のトップは全員の考えをまとめる役割を担う、それから徐々に階層構造を無くしていくことを勧める。
②優秀な人材を集めるのではなく、一人ひとりの個性を受け止める
ティール組織を実現するために優秀な人材をそろえる必要はない。メンバーと感覚が合い、一緒に働きたいと思うような人を集めることが大切だ。ティール組織を実現するためには互いに助言し合うことが必要。ウェットな関係性の中で互いの得意不得意な部分を認め合えるような人材が向いている。
③人事制度を改めれば、ティール組織になるわけではない
組織の世界観を変えずに、制度を変えたり導入したりすることは、ティール組織の本質からずれている。
ティール組織に変える過程で、メンバー間でティール組織に関する勉強会を開くと、現在の組織の不自然な考え方や言葉遣いが見えてくる。採用ならば「人をふるいにかける」、事業なら「責任感をもたせる」などが挙げられる。ティール組織の世界観をメンバーで共有しながら、必要があれば制度の見直しを進めればいい。
大切なのは、失敗を恐れず、急がないこと
ティール組織は日本では知られたばかりで、国内の完成事例は見当たらない。ただし、一部では階層がなく、セルフ・マネジメントやホールネスを部分的に取り入れている企業もある。
「ティール組織を導入するとは、企業の世界観そのものを変えること。相当な覚悟と時間が必要」(嘉村氏)
組織改革は、長期間かかることを見越して早い段階から取り組むこと、急がずに失敗を受け入れることが大切になる。
【取材・執筆: @人事編集部】
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