【特集】“評価しない組織”の衝撃 第3弾
ランク付けの評価からノーレイティングへ アドビシステムズの人事改革
2018.10.15
「イラストレーター」や「フォトショップ」で知られるソフト大手のアドビシステムズ(以下アドビ)。2012年、アドビが世界全37拠点約18,000人の社員に対して一斉に人事改革を実施した。マネジャーが部下をランキング付けして評価する方式から、マネジャーが部下と継続的に面談し、日々の成長を評価する制度「チェックイン」に移行。両者の関係性を密にすることで評価の結果や決定理由に納得感を高め、社員の満足度を向上させている。日本でチェックイン導入に関わった人事部ビジネスパートナーの草野多佳子さんに、変革の歴史や、企業が人事制度を変える上で心がけるべきことを聞いた。【取材:2018年8月21日】
【特集】“評価しない組織”の衝撃~ティール組織の解説、ホラクラシーやノーレイティング実践企業の事例紹介、人事評価のアップデートまで~
企業情報
アドビシステムズ株式会社
設立:1992年
事業内容:ソフトウェアおよび関連サービスの提供
所在地:東京都品川区大崎1-11-2ゲートシティ大崎イーストタワー
従業員数:約440人(2018年8月現在)
ランキングを付けない人事制度「チェックイン」
「チェックイン」とは、社員が直属のマネジャーと3カ月に一度を目安に面談し、その都度目標に向けた成長点や改善点を話し合う制度だ。
まず、12月に社員とマネジャーが1年間の目標を立て、達成したい数値や行動をすり合わせる。マネジャーは面談で現時点での成長点や改善点をフィードバックし、部下のキャリアパスやプライベートについても話し合う。1年間の業務が終わった1月、マネジャーが部下の評価を決め、昇給や賞与の金額を算出。部下に評価の理由を説明する。
面談では部下からマネジャーにフィードバックする時間も設ける。両者が互いを理解し、話し合う時間となる。
面談の頻度、マネジャーが部下と話すべき質問項目、記録方法は決まっていない。両者にとって都合の良い期間、内容で面談し、使いやすい紙媒体のノートやパソコンのファイルで記録していく。また、マネジャーは面談の記録内容を人事部や自身の上司に渡す必要はない。人事部が人事異動や新プロジェクト始動時の参考に、面談内容を知りたいときは、人事部がその都度マネジャーに連絡し、情報共有する。
2018年8月現在、日本の社員数は440人。うち50人がマネジャーを務め、1人につき平均で部下6~7人を評価している。
ランキングによる人事評価は、透明性が低かった
チェックイン導入以前は、全社員をランキングに当てはめる評価制度を実施していた。マネジャーは平均で部下8人の評価を担当。部下の1年間の活動を評価し、上位、中位、下位のランキングに当てはめる。
部下は評価の理由を伝えられないまま1年後に評価結果のみを伝えられる。これが、上司の評価に対する納得感や会社への満足度が低下する要因となった。
マネジャーの負担も大きかった。部下の活動成果を指定の書式に記入し、さらに上位の上司陣に送る必要があり、データのやり取りに手間がかかった。また、ランキングに当てはめる必要があったため、業績が良い社員が集まっていても、無理に一部の社員を下位に選ぶ心理的な負担も抱えていた。「部下にとっては透明性が低く、マネジャーの負担は大きい制度だった」(草野さん)
会社の事業改革に合わせ、社内の人事改革を実施
人事改革は、会社のビジネスモデルの変革が後押しした。
アドビは2012年から、自社サービスの販売手法を変更。ディスクによるパッケージ販売から、サービスをクラウド化して月額利用できるシステムに移行した。同時に、社内の各部門でも変革を起こすことになり、人事部門は課題が多かった評価制度の改革に乗り出した。
改革はアドビの人事の最高責任者、ドナ・モリスが主導。改革に向けて1年間の準備期間を設定した。全社的に調査を実施し、「評価の過程が分からずモチベーションが出ない」「フィードバックがほしい」などランキングによる評価に対する社員の意見を集約。新制度の導入の必要性を表すデータとして、それまでのランキング形式の評価では、マネジャー1人が人事評価に費やす時間を8万時間と算出した。アンケートと聞き取り調査から、マネジャーと部下のコミュニケーションを重視し、評価を効率、簡略化する必要性を社内の上部組織に訴えた。
新制度の導入に向け、社員への浸透とサポートも欠かさなかった。評価を一手に担うマネジャー、評価される側の社員それぞれに研修を実施。いずれの研修でも、人事制度を変える理由や評価方法を丁寧に説明したほか、これまで公開されていなかった給与や昇給の決め方を公表した。マネジャーの研修では部下に対するフィードバックの仕方、部下向けにはマネジャーに自分の考えを伝える話し方を教えた。
どちらの研修も参加率は9割以上。参加できなかった社員向けには、研修を録画したデータをイントラネットで共有した。
マネジャー、部下に対するサポート
チェックインの制度導入後は、マネジャーや部下にとまどいも起きる。人事部は、対話トレーニングの実施、不安や不満を持つ人へのサポートで現場を支えた。
マネジャー向けの対応策の1つは、対話トレーニングだ。マネジャーは以前の制度に比べて部下と話し合う時間が増えるほか、フィードバック時にどのような言葉で部下に成長を促すべきか悩むことがある。人事部は年に4回、マネジャー向けの対話トレーニングを実施。部下を褒めるだけでなく、改善を促すような言葉をかけるこつ、部下の考えを引き出す言葉遣いを教えた。
2つ目は、初任者や悩みを抱えたマネジャー向けにアイデアを共有すること。面談で部下と話すべき内容や記録の残し方は指定されていないため、初めてマネジャーになった場合は混乱が起きかねない。そこで、人事部は面談の参考となる質問項目や年4回の対話トレーニングの録画データをイントラネットに用意。悩み、立ち止まった時に生かしてもらっている。
また、マネジャーは普段の業務で、自分自身の上司からも「チェックイン」を受けている。上司がマネジャーと面談し、部下を正しく評価できているか確認する。
被評価者となる部下のサポートにも気を配る。対話トレーニングは部下向けにも年に4回開催され、部下は自分の意見やマネジャーに対するフィードバックの内容を伝える方法を学ぶ。また、マネジャーから受けた評価に納得できない場合は、人事部に申し伝えて対応を促すことができる。
社員を巻き込んだ改革で社員の満足度が向上
チェックインの導入により、社員にはどのような変化が生まれたのか。
2018年5月の社員満足度の調査結果は80%台。チェックインの導入前(50~60%)に比べて改善された。草野さんは「社員を巻き込んだ改革プロセスと、チェックインにより正しく評価されている感覚が生まれたことが影響している」と分析する。
人事部は人事改革に向けて、調査で集めた社員からの意見を参考に、マネジャーと部下が継続的にフィードバックを行うチェックイン制度を構築した。社員の悩みを吸い上げ、「自分が制度の構築に関わった」という意識を醸成。「社員全体を巻き込んだ改革を行い、会社へのエンゲージメントが高まった」(草野さん)
新制度で、マネジャーと部下の継続的な接触を重視したことも満足度につながっている。両者で成長点を頻繁に確認することで評価のプロセスを実感することができ、評価結果に対する納得度が高まる。「マネジャーは部下のことを考える時間が増えるため、負担が増えるが、部下からの意見をもらう機会にもなる。部下は場合によっては業務以外の人生観やパーソナルな部分も伝えるため、人間関係も深まる」(草野さん)
トップの旗振りを促し、評価の過程や人間関係をオープンにした制度を構築する
世界中に社員を抱えるアドビが、大きな人事改革を成功させた要因は何なのか。
草野さんは「トップの理解を促して改革の旗振り役になってもらうことが必要」と強調する。改善すべき点をデータで明確に示してトップを動かせば、全社員を巻き込み、社内に改革を浸透させることができる。
また、中小企業では人事が採用や評価、人材育成など多数の業務を抱えていることが多いが、草野さんは「コンサルタントとして改革を担う人材を人事部に確保し、推進していってほしい」と助言する。
制度を構築する上で大切なのは、「透明性を保つこと」(草野さん)だ。給与制度を公開することは社員の納得感につながる。マネジャーと部下の継続的な面談で互いの成長点や悩みをオープンにすることで、両者の心理的な距離が縮まり、安心感と業績向上が期待できる
「人事制度の改革は、仕組みを変えるのではなく、会社全体のカルチャーを変えること。事業改善のためになぜ人事改革が必要なのか、明確な証拠を示して上司を動かし、社員の満足度が高まるような制度を構築してほしい」(草野さん)
【取材・執筆:@人事編集部】
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