大学教員・後藤かずやの「働きかた」研究室 Vol.2
「資格」はキャリアアップや転職に役立つのか?
2018.10.12
「これからのビジネスパーソンは、組織に頼らず独自のキャリアを築かなければならない。それゆえ、キャリアアップのために資格取得に励むべきだ」という話をよく耳にする。果たして資格取得は、キャリアアップにつながるのだろうか。元人事担当者、また資格取得が転職につながった当事者の立場から、資格とキャリアの関係について考えてみたい。
参考:【人事担当者のキャリアを考える】人事担当者から大学教員へ転身した件について。
資格取得は「魔法の杖」か?
AI(人工知能)の導入や働き方改革、副業解禁など、「働き方」をめぐる状況は混迷を極めている。
「これからは会社にぶら下がっているだけではダメだ。ビジネスパーソンも独自のキャリアを切り開かなくては」という言説が聞かれるようになって久しい。誰しも組織内でのみ通用するスキルではなく、エンプロイアビリティ(雇用され得る能力)を身に付けるべし、といったところだろうか。
筆者は現在、教育・研究者として自大学の学生へのキャリア教育を行っている。また、前職では人事・採用担当者として新規採用や中途採用の現場に身を置いてきた。そこでよく見聞きするのが、「社会で活躍するために必要な資格はありますか」といった就活生からの質問や、多種多様な資格が記載されている中途採用の履歴書である。「資格は就職・転職における魔法の杖」といった発想を、少なからぬ人が抱いているのかもしれない。
果たして、資格は魔法の杖なのだろうか。図らずも筆者は、諸々の資格を取得した後に転職に成功した経験も併せ持つ。以下では、元人事・採用担当者の経験も踏まえながら、本件について考えてみたい。
新卒採用で資格やスキルは有利に働くのか?
まずは、新卒採用である。結論から言えば、たいていの場合、資格の有無と就活における成功は直結しない。
我が国の慣行である「新卒一括採用」では、就活生に特段のスキルは求めていない。そもそも多くの採用が、就活生の働きぶりを実際に見ることなく面接や適性検査といった限定的な方法で行われる以上、企業側は学生のポテンシャルを類推して採用に至る他ないのである。
経済産業省による「大学生の『社会人観』の把握と『社会人基礎力』の認知度向上実証に関する調査」によれば、企業側が学生に不足していると認識している能力は「主体性」「コミュニケーション力」「粘り強さ」等であり、TOEICやPCスキル、簿記等の具体的な能力を問題視する企業はむしろ少数派だ。
もちろん、特定の資格や経験を求める専門職採用なら話は別かもしれないが、社内でのゼネラリストを求める多くの新卒採用において、TOEICの満点でも取らない限り、資格が企業側の目を引くといったこと自体が稀であろう。
中途採用で資格やスキルは有利に働くのか?
中途採用となると事情が変わる可能性がある。求職者が実務経験を有していることや、求人自体が特定の資格を求めるものも多いからだ。
資格は実務経験があって初めて生きてくる。例えば人事労務の担当者が社労士の資格を取得した場合や、安全衛生の担当者が衛生管理者の資格を取得する、というケースだ。これらは実務経験と資格が地続きになっており、うまくブラッシュアップできた好例と言えるだろう。例えば「人事・総務担当者募集」など、求人が特定の資格を有していない場合でも選考が有利に運ぶ可能性が高い。
一方、採用担当者としてイタイのが、「実務経験は無いが、やたら資格をPRしてくる」ケースだ。冒頭述べたように履歴書にはさまざまな資格が並ぶものの、実務経験と乖離しているケースや、各々の資格になんら関連性が見られないケースなどである。勉強熱心な人柄は伺えるものの、その能力を推し量るのは非常に難しい。企業はあくまで即戦力を求めるのであり、資格コレクターを一から教育する余裕はないのだ。
社会人のキャリアアップのための資格取得はどう影響するのか?
以上の議論を踏まえ、転職を伴わない社内でのキャリアアップのための資格取得を考えたい。先に述べた通り、資格と実務経験は車の両輪のようなものだ、というのが大原則となる。
しかし、中には「全く違う部署への異動のために、資格を取ってPRしたい」という人もいるかもしれない。例えばMBAを取得して経営企画部門に異動するとか、TOEICの高スコアをはじき出して海外事業部門に異動したいというケースだ。
その熱意を否定するつもりは全くないが、大方の場合「まずは目の前の仕事をやってくれ」という話になるだろう。想像してほしいのだが、「MBAを取得したいので一切残業はしたくありません」というAさんと、「何事も勉強と考え、目の前の仕事に前向きに取り組みたい」というBさんのどちらを上司は評価するだろうか。
人事異動の業務を間近で見ていた経験からすれば、上司はBさんにより幅広い経験を積ませ、ゆくゆくは異動希望にも配慮をする可能性が高い。
賛否はあるだろうが、「まずは目の前の仕事に専念してほしい」というのが、偽らざる企業側の本音である。これまで副業が広まらなかったのもこの意識によるところが大きいわけだが、企業側としては社内でじっくり経験を積んだ社員から適任者を選抜し、より大きな仕事を任せる、というのが人事異動の基本と考えるだろう。すなわち選抜の条件は「上司とコミュニケーションを図りながら社内でのスキルを磨いていく」ことに力点が置かれており、「特定の資格を取得する」ということではないのだ。
さらに言えば、例えば語学力など特定のスキルを持っている人材は、外部からの採用が可能だ。企業規模にもよるだろうが、わざわざ社員に付加的に資格を取得させるメリットは、実は企業側にはさほどないのである。
実務経験とリンクする資格取得を目指すべき
とは言え、筆者はキャリアアップのための努力を否定するわけではない。人生100年時代と言われる昨今、組織人といえども隠し玉(スペシャルアビリティ)は持っておくべきだ、というのが筆者の実感であり、本音だ。
そのためには、繰り返しとなるがカルチャースクール的でなく、それまでの実務経験とリンクする資格取得を目指すことが肝要だ。さらに言えば、それが社内外のキーパーソンにおけるニーズとマッチすれば、言うことはないだろう。
資格が新たなキャリアの道を拓くこともある
最後に筆者の例となり大変恐縮だが、やや自分語りをさせていただきたい。
筆者は直属の上司との人間関係に悩んだことがきっかけで職場ストレスやメンタルヘルス不調への興味がわき、産業カウンセラー資格を取得した。奇しくも前職でのメンタルヘルス不調が問題視された時期とも重なり「人事担当者として知っておくべき知識を習得している」と論理構成することができた。
その後、キャリアコンサルタントや衛生管理者の資格を相次いで取得したが、それらは採用や内定者フォロー、社内研修の企画等の納得性や精度を高めるにおいて、非常に有用であった。
資格が実務の精度を高め、また実務経験が資格を維持することに役立つという好循環を生み出すことができた。そして結果的に、その実務経験と資格が採用要件となっていた公募を経て、大学教員に転身することができた。
筆者の場合、先を見据えて資格を取得したというわけでなく、その都度理屈を考えながら興味関心に身を任せていたわけであり、ラッキーパンチの要素が多分にあると言わざるを得ない。しかしながら、本稿で示したポイントを押さえていただくことで、自分なりのキャリアアップの一助となるのではないかと考えている。
これまでの経験という貯金をうまく活用して、自分なりのキャリアを見出してほしい。
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執筆者紹介
後藤かずや(山形県立米沢女子短期大学講師)
人事部門で勤務する傍ら、産業カウンセラー、キャリアコンサルタント等の資格を取得。その後、人事・採用・社内研修講師等の実務経験を活かして現職に転身。
専門はキャリア教育、人材マネジメント、人事・労務政策。修士(人間学)。
ビジネスマン向けウェブメディアであるシェアーズカフェオンラインに記事を多数寄稿する他、ブログ・Facebookで「働くこと」に関する論説を展開している。
ブログ:http://goto-kazuya.blog.jp/
FB:https://www.facebook.com/profile.php?id=100009066121606
執筆実績:
http://sharescafe.net/author/gotokazu
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