フリーランス女医が本音で語る
「大学病院は患者を待たせすぎ」論に見る、日本人が陥りがちな2つの誤解
2018.09.26

作家の伊集院静氏が週刊誌に寄せたエッセイが、ネットで議論を呼んでいる。東京都内の大学病院で約2時間待たされたことに対して、週刊現代の誌面で「人間に対する扱いではない」「サービス業の視点が欠如」などと、怒りを露わにしたのだ。この騒動に対するSNSの反応は、「医者は世間知らずだ」のような同調意見もあるが、「大学病院じゃなく町医者にいけばよかったのに」「こんな要求、医者が過労死しかねない」などの反論意見が圧倒的に多い。
ホリエモンも激怒?
もっとも、「日本の病院が患者を長時間待たせる」こと自体は、今に始まった問題ではない。2014年にも、ホリエモンこと実業家の堀江貴文氏が、大学病院で尿管結石での通院時に待たされ過ぎた不満を「やっぱりダメだな日本の医療業界」とSNSで発信して、今回同様の炎上騒ぎを起こしている。
昭和から続く「3時間待ちの3分診療」
「3時間待ちの3分診療」という言葉が昭和時代からあるように、日本の大病院(特に大学病院)での待ち時間の長さは有名だが、病院や厚労省も何の対策も講じていない訳ではない。近年の大病院ではネット予約や、フードコートのような呼出ベル、クレジット決済などの時短アイテムも普及しつつあるし、厚労省も「かかりつけ医師の普及」などの制度を推進している。しかし、残念ながらいずれも効果は限定的である。
「病院はサービス業」なのか?
今回問題になった週刊現代の記事の中で、実際に大学病院で働く医者が憤りを覚えるフレーズが「サービス業の視点が欠如」ではないかと思う。「そもそも医療はサービス業じゃない」「電力や水道みたいなインフラでしょ」「町医者ならともかく、大学病院にサービスとか求めないで」と、反論したくなるのである。
確かに、意識高い系の評論家からは「ホスピタルとホテルの語源は同じ」「日本のホスピタルにはホスピタリティが欠けている」といったコメントもあり、病院にサービス業と同じ対応を求める意見は少なくない。しかし、ホテルと病院には「価格による需要調節ができない」という非常に大きな違いがある。
サービス業と病院の最大の違いは「価格による需要調整ができないこと」
ホテルならば、一泊2000円未満のカプセルホテルから100万円超のスイートルームまで幅広く分布しているし、更に「平日は割引」のような調節も可能なので、客側も目的や経済状況と相談して予約するため、受付で長時間待たされるようなことはない。これに対して、ほとんどの病院は健康保険制度に基づいた診療を行っているので、価格は全国一律である。
近年では、「紹介状なしの大病院受診で追加料金」などの価格差は公認されているが、せいぜい数千円レベルなので、「数千円の違いだったら、カプセルホテルよりスイートルームだよね」といった感覚で、大病院に患者が殺到してしまうのである。
低コストで良い待遇を受けられる可能性があるならば、人はそこに集まるものだ。人事の話題で言えば、「無料でエントリーできるのだから」と学生がさして興味のない大企業に大量にESを出すのも、同根の現象といえるだろう。
病院といっても、美容外科のような自由診療分野では、自由に価格設定できる。ゆえに、患者が特定病院に殺到することはなく、「美容クリニックで長時間待たされた!けしからん!」といったSNS投稿は見当たらない。
「欧米ではもっと良いサービスを受けられる」という誤解
また、意識高い系の評論家が好んで引き合いに出すのが欧米である。件の週刊現代の記事でも、顧客満足度コンサルタントの意見として「アメリカやヨーロッパでは日本のように待ち時間が長い病院はほとんどない」という内容が記されている。しかし、これはより正確に説明すると「欧米では(医師は予約患者しか診ないので、予約時間からの)待ち時間が短い」という文章になる。
例えばフランスの場合、医療は完全予約制であり分業制なので、風邪で町医者を予約して受診するのに数日待つこともある。さらに、町医者で血液検査やレントゲンが必要と指示されたら、自分で検査機関を予約して、数日後に結果を持って再び町医者を受診することになる。
(参考:「有料救急車&完全予約制」パリの病院事情-毎日新聞)
ロンドンでは公立は「無料だが2週間先」、私立は「外来1回で約4万円」
急病で予約なし受診を希望する場合は救急外来に回されるが、イギリスだと「12時間待ち」レベルはフツーであり、「54時間待ち」という過去の事例もある。人気ブロガーのトイアンナ氏は、ロンドンで風邪をこじらせた際に公立病院の予約を申し込んだら「無料だが2週間先」と言われ、私立病院に申し込んだら「外来1回で約4万円」と言われたエピソードを披露している。(参考:EU離脱決定の英国で医療クライシス 待ち患者2人が死亡-yahooニュース、イギリスで医者にかかって分かったこと-マイナビニュース)
一方、アメリカの病院は予約待ち期間(時間ではない)は比較的短いがベラボウに高額で、「風邪で受診」レベルで健康保険使用後の自己負担額が数万円になることもフツーである。自己負担が高額すぎて米国庶民は風邪レベルでは病院に行かないので、病院の外来は日本よりも余裕があり、待たされにくいのである。
このように、欧米の庶民にとっての病院とは、日本よりもかなり敷居が高い場所であり、これは欧米の女医率が高い(=女性が長く働きやすい)ことの一因でもあるが、それが一般患者にとって幸せかどうかは別の話である。
「規模が大きいほど、良いサービスを受けられる」という誤解
とはいえ、病気なのに長時間待たされるのは正直しんどい。効果的な対策はあるのだろうか?
患者として最も効果的なのは、「ムダに大学病院に行かない」ことである。現在の大学病院とはデパートの大食堂のようなものであり、かならずしも「最高の医療を提供する病院」ではない。冒頭で紹介した堀江氏の尿管結石ならば、東京都内だけを見ても、医療レベルもサービスも大学病院より優れた専門病院が沢山あるので、そちらを選ぶべきだったのである。
大学病院とは、通っている病院の医師から紹介されてから、受診を検討すべき施設なのである。また、単なる発熱ならば、ムダに救急外来を夜間受診して疲労するよりも、欧米のように薬局で購入した風邪薬を飲んで、自宅で安静にして自然回復を促すほうが、たいていは早く治る。
自身の症状に対する適切な対処法を考えず「なんとなく大学病院」を選んでしまう人が多いことが、医療現場と患者の双方を不幸にしているのだ。
もし、どうしても大病院の救急外来を受診したい場合は、事前に電話を一本入れて、病状を説明しておくだけでも受診がスムーズになるので、お勧めである。「電話すら辛い」重病の場合は、遠慮なく救急車を呼んでほしい。
先にも少し触れたが、日本においては就職活動でも似たような事例が散見される。自身の能力や、やりたいことを深掘りせず「なんとなく大企業」を志望する学生が多いことで、大企業の人事担当者は大量のESチェックで忙殺され、就活生は度重なる「お祈りメール」で精神をすり減らしている。自身の実現したいことを明確にし、その目的に合った企業を選ぶ学生が増えたほうが、双方にとってメリットが大きいと言えるだろう。
一部の人々からの理不尽な要求で、最終的に泣くのは一般患者である
病院のような公共サービス的な職種では、「待ち時間が長い!」といったクレームのように、モンスター利用者による理不尽な要求が起こりがちである。「そんな医者クビにしろ!」などとSNSで炎上に加担しても、一瞬のストレス解消にはなるかもしれないが、中長期的には医師のモチベーションを低下させるので、結局は医療サービスの低下につながる。イギリスのように公立病院サービスが半ば崩壊してしまい「公立病院で数ケ月待ち」か「民間病院で1回4万円」の二択になったら、結局のところ泣くのは一般患者なのである。
「患者に寄り添う」よりも「価格による調整」を
また、厚労省には病院が追加料金を加算できる裁量を増やすべきだと思う。例えば、テーマパークのようなファストパスを認可すれば、「ホリエモンや人気作家は特急料金を払って早く診る」「年金受給者は後回しだが安い」のような「価格による調整」が可能になる。
納得できるだけの価格差があれば、テーマパークの客は長時間待たされても激怒しない。就職活動の例で言えば、簡単にエントリーできるシステムだからこそ志望意欲の低い学生が集まってしまうのであり、ESの回答欄や最低文字数を増やすなど、応募に相応のコストがかかるシステムを導入すれば、真剣に入社を希望する学生だけが応募するようになるということだ。2014年に提案されたドワンゴの新卒採用有料化も、それなりに有用性が期待できたので、厚労省の行政指導で中止されたのは個人的には残念である。
(参考:「採用有料化の廃止」は誰も幸せにしない-J-CASTニュース)
筆者は「納得が得られるまで説明」「患者に寄り添う」のような美しいが中身の薄いフレーズよりも、「価格(払うコスト)による調整」こそが、クレームや長時間にわたる待ち時間の予防に実効性があると確信している。
執筆者紹介

筒井冨美(つつい・ふみ) 1966年生まれ。地方の非医師家庭に生まれ、某国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、メディアでの執筆活動や、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など医療ドラマの制作協力にも携わる。近著に「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」がある。
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