株式会社ディー・エヌ・エー CHO室室長代理・平井孝幸氏インタビューvol.1
健康経営が経済的なメリットに? DeNAの取り組み事例「腰痛撲滅プロジェクト」
2018.09.19
「人生100年時代」を念頭に、にわかに注目を集めつつある「健康経営」。将来的に労働人口が減少していくことが予測される今、従業員の健康寿命を延ばし、生産性に悪影響となる健康問題を解決していくことは、経営的な観点でも重要な課題となっている。
今回は、株式会社ディー・エヌ・エー(以下、インタビュー文中ではDeNAと表記)でCHO室を立ち上げ、先進的な健康経営の取り組みを行う平井孝幸氏にインタビューを行った。前半では、平井氏が、個人で始めた健康への取り組みを全社的な「健康経営」の取り組みへと成長させた経緯と、同室が東大特任教授・松平浩氏と取り組む「腰痛撲滅プロジェクト」の概要についてお聞きした。
平井孝幸氏
株式会社ディー・エヌ・エーCHO室室長代理
健康経営アドバイザー
DeNAで働く人を健康にするため2016年1月にCHO(最高健康責任者)室を立ち上げる。働く人のパフォーマンス向上をテーマにした多岐にわたる取組みを行い、DeNAの2年連続健康経営優良法人2018(ホワイト500)取得に貢献。
2017年からはJWCLAの事務局長として健康経営を日本企業の文化にするための活動も行う。2018年6月にはDBJ健康経営格付アドバイザリー委員会の社外委員となる。
「プレゼンティーイズム」による経済損失ゼロを目指す
─現在、平井さんが室長代理を務めるCHO室ですが、どんな業務をされているのでしょうか。
まず、軽度の健康リスク(腰痛・頭痛など)によって生産性が低下する「プレゼンティーイズム」といわれる状態があるのですが、この「プレゼンティーイズム」による経済損失の数値換算をDeNAの中で試みています。
実際に、専門家の協力を得てDeNAの社員を対象に調査を行った結果、2015年末の段階で、運動・食事・睡眠に関わる健康問題だけで、23.6億円の経済損失が出ていると算出されたんですね。この経済損失をいかにゼロに近づけるかを考え、さまざまな取り組みを行っています。
具体的な取り組みとしては、調査を行った際に「腰痛・肩こり」が原因で生産性が低下している社員が非常に多かったので、「腰痛の人がいない会社にしたい」と思い立ち、「腰痛撲滅プロジェクト」を立ち上げ、さまざまな取り組みを行っています。
街の人々の姿勢の悪さに気付いたことがきっかけ
─CHO室は、元々平井さんがほとんど一人で立ち上げたというお話をお聞きしました。
そうですね。はじめは完全に個人でした。
─たった一人から始めた取り組みが大きく社内を変えているということで、立ち上げの経緯についてお聞きしてもよろしいですか?
まず、私は多分、渋谷でゴルフが一番うまいんですね。
本当にタイガー・ウッズと戦いたいと思っているくらい、ゴルフを高校時代から真剣にやっているのですが、ゴルフのうまさを突き詰めようとすると、技術だけではなくて、歩き方だとかライフスタイル全てを完璧にしていかないといけません。身体そのものも整えるわけです。
そういった事情で、元々健康については一般の方より相当詳しい状況にありました。
また、ゴルフというのは「歩くスポーツ」なので、歩き方に関してものすごく興味関心があり、学んでもいました。だからこそ「渋谷で歩いている人たちは、本当に歩き方がおかしいな」と思ったわけです。膝が曲がっていたり、首が変に前に出ていたり、背中が丸まっていたり、そういう方が本当に多い印象です。
それで、これ(渋谷に歩き方が変な人が多いこと)には、エンジニアが多いことも要因の一つとして関わっているのではないかと思ったんです。
エンジニアの人たちは、パソコンの前で作業をしますよね。パソコンの前で作業している姿勢のまま歩きだすと、歩き方がどんどん前かがみになっていく。前かがみの状態で仕事をしていると体に負担がかかりますが、さらにそのままの状態で歩けばより一層負荷がかかるんです。
おそらく、こういった歩き方が原因で腰痛や肩こりが生み出されている。この現状が非常にもったいないな、と思ったのが一番のきっかけです。
身近な人への健康知識の普及から、会社全体の取り組みに発展
当時は、DeNA社内にも姿勢の悪い人たちが多かったです。それで「この姿勢が悪い人たちをどうにかできないか」と思ったのですが、社員の健康のサポートは、会社の仕事ではないというのがその頃の多くの企業の認識でした。
当時は人事部にいたのですが、いきなり人事が健康のことまで社員に口を出してきたら、かなり鬱陶しいと思われますよね、「余計なこと言うなよ」と。
だから、まずは社内にいる仲の良いエンジニアに自分のやっている健康法を試してもらうことにしたんです。僕が普段ゴルフをやるときに使っているゴムチューブがあるのですが、まず、これを服の下に装着して、作業してもらうよう依頼しました。このゴムチューブを8の字につけると、胸が開いて姿勢が整いやすくなるんです。
実際にゴムチューブをつけてしばらく作業をしてもらったところ、彼自身、姿勢が確かに良くなったことを実感してくれたんですね。「歩くときも、胸が張れると楽に歩けますね」といったことも言ってくれて。それで、彼の姿勢が良くなり、さらに健康状態も良くなったので、「じゃあ一緒に(この健康法を)広げていこう」と誘いました。
僕は専門職ではないので、エンジニアに同僚がたくさんいたわけではなかったのですが、彼を起点に、どんどん健康への取り組みを他の社員に広げていけました。
当然任意で、こちらから押し付けることはなかったのですが、「仲の良かった人が(ゴムチューブを)使って姿勢が良くなったから、ちょっと僕にも使わせて」といった声が自然発生的に出てきたのは嬉しかったですね。
ついには「ゴムチューブを買いたい」という人も現れたので、自腹でゴムチューブをロールで買い、切って渡していました。
─それは(笑)。ロールで、しかもご自身で購入されていたんですね。
はい。そういった地道な作業を2015年の6月頃にやっていたところ、ちょうど同じ時期に、日経ビジネスで「時代は健康経営」という表紙の号を見て、初めて「健康経営」という言葉に出会ったんです。それで「まさに僕が今やってることは健康経営じゃないか」と気付き、「これを仕事にするしかない」と思いました。
そこから人事の責任者や南場智子(DeNA創業者)に「健康経営をやらせてください。うちにも、ヘルスケア事業部があるじゃないですか」と直談判をしたわけです。
CHO室の設置により、社員の健康促進に向けた取り組みを開始
─ちなみに、当時のヘルスケア事業部というのは、社員の健康を促進する事業を行っているわけではなかったのですか?
DeNAグループでは子会社のDeNAライフサイエンスでMYCODE(マイコード)と遺伝子検査サービスの提供を行っていたほか、住友商事との合弁会社DeSCヘルスケアにて「KenCoM」というヘルスケアサービスを提供しています。ただ、これらはお客様向けの健康事業で、自社社員の健康のための取り組みはまだありませんでした。
─それで、役員の方々に直接掛け合ったと。
はい。南場を含めた役員全員にヒアリングをしました。その中で、とある役員が「平井くん、CHOって知ってる?」と尋ねてきたんですね。僕は当時、全くその言葉を知りませんでした。
※CHOとは
Chief Health Officerの略称。会社や組織などが、従業員やその被扶養者の健康づくりを企業経営の一部として位置づけ、従業員等の健康マネジメントを組織的に運営していくための最高責任者のこと。
その役員が「神奈川県がCHO構想というものをやっているよ」と教えてくれて、真剣に「CHO」というものについて調べ始めました。
神奈川県には、横浜(DeNAベイスターズ)をはじめ、とてもお世話になっている背景があったので、神奈川県の構想に準じて「CHO」を広めていくことは、会社としても良い取り組みになるという話になりました。それで、DeNAで健康経営を取り組むために「CHO室」という部署を置く方針が決まり、そのCHO(最高健康責任者)は絶対南場にやってもらいたいと直談判したんです。
─平井さん個人の行動が、ついには会長の南場智子氏を動かすところまでに来たのですね。
はい。会社の現状を改めて説明したところ、ご家族の闘病を経験していたこともあって本人も健康の価値を十分理解されていたので、CHOを引き受けていただくことができました。
「課題解決型プログラム」で健康への関心が低い層をサポート
─CHO室で現在取り組まれている、「腰痛撲滅プロジェクトに」ついて詳しくお聞きしてもよろしいですか?
背景からお話すると、2016年の1月にCHO室ができてから、1年に100回近く健康に関するセミナーや研修を行ってきたのですが、その中で、「健康に関するセミナー」にはそもそも健康意識が高い人しか集まらないことに気付きました。
健康意識が高い社員はごく一部で、そうした方は、既に健康増進への取り組みを自走している方がほとんどです。
一方で健康への関心が低い社員の方が圧倒的に多いため、その人たちに対するケアを行った方が、会社にとっても社員にとっても、良い取り組みになるのではと思いました。
そこから、健康への関心が低い人たちをどうサポートするか考えた結果、「課題解決型プログラム」が良いだろうという考えに至りました。
1カ月で社員の85%が生産性向上を実感
健康意識とは関係なく、腰が痛くて普段から困っている人たちは社内に多くいて、そういった方々は、社外でお金を使って整体や病院に行っていました。もし、そういった社員を社内でサポートできれば、健康にかける時間もお金も削減できる、良い取り組みになるのではないかと考えました。
それから「筋膜リリース」という、体の筋膜を正常な状態に戻す製品をつくっているメーカーさんと、カイロプラクティックの先生と一緒にプロジェクトをつくり、「腰痛撲滅プロジェクト第一弾」をはじめました。
※カイロプラクティック
身体の構造(特に脊椎)と機能に注目した専門医療。主に脊椎やその他の身体部位を調整(矯正)することにより、ゆがみの矯正、痛みの軽減、機能改善、身体の自然治癒力を高めることを目的としている。(厚生労働省, 2014年)
具体的には、カイロプラクティックの先生に協力いただいて、1~2時間ごとに1回2~3分で行える椅子の上でできる体操プログラムを作りました。なかなか「立ってやってください」と言っても皆さん気が進まないので、気軽に椅子の上でできる体操が中心です。
このプログラムを全社に案内したところ、腰痛で困っている社員20名以上が参加してくれました。参加した社員に対してビフォー・アフターでアンケートを取ったところ、腰痛で生産性が低下していた社員のうちの85%が、「1カ月間で生産性が改善した」と回答したことが分かりました。
セミナーの質を上げることで、参加者数と継続率が向上
そのとき学びがあったのが、今まで「健康セミナー」に参加してこなかった人たちも、「腰痛撲滅」という、課題特化型の企画であれば参加してくれるということです。
(プログラムは)全社案内していたのでみんなちゃんと見ていて、良いものがあれば参加してくれるのだということに気付きました。それで、今まで比較的「量」で勝負していたセミナーやプロジェクトを、2016年11月頃から「質」重視に転換させて、課題解決型の取り組みを今も継続しています。
DeNAはエンジニア主体の会社なので、椅子に座って働く社員が多く、もっともっと腰痛に対するケアはしていきたいなと思っています。
今一番力を入れているのが、東京大学の松平浩特任教授とのプログラムですね。松平先生はNHKスペシャルの「腰痛・治療革命」でも登場されていた、日本における腰痛研究の権威です。松平先生と合同で行っている今回の取り組みは最終的なアウトプットとして学会発表を目指し、研究の一部としてDeNAの健康経営にもご協力いただいています。
実は、オーストラリアでは国策として腰痛対策が行われているのですが、現在の日本ではそういう取り組みはまだありません。そこで、DeNAが率先して事例を作り、松平先生のご協力もいただいて研究、学会発表できるレベルの取り組みにし、どんどん他社にも情報やノウハウを提供していきたいと思います。腰痛を抱える方が多いIT業界及びエンジニア全体に対してもサポートしていける取り組みにまでしていきたいです。
「腰痛改善メソッド」に一番詳しい会社へと成長したい
─松平先生とのプログラムでは、具体的にどういった腰痛対策をされるのでしょうか?
多くの社員向けには、松平先生の腰痛を治すメソッドで3秒でできるセルフケア体操をセミナーで伝えることと併せて、もう1つの「美しい姿勢で早歩きをすると腰痛が改善する」というメソッドを一部の社員の方を対象に参加してもらいました。
具体的には今、DeNAの社内にはトレッドミルが置いてあり、その上を松平先生が監修した「トランクソリューション」という機器をつけて週2回20分間歩いてもらいました。そして、1カ月継続して実践した社員に、プロジェクト期間後、どのような変化が出るか調査する、というプロジェクトです。
松平先生のチームに新潟医療福祉大学の先生もおられるので東京大学・新潟医療福祉大学・DeNAの共同という形になっています。
─プロジェクトは、全社員が対象となっているのですか?
そうですね。希望者に参加していただくのですが、セルフケア方法をお伝えするセミナーは定員いっぱいの50名が集まりました。研究への参加については、プロジェクトに対して時間を使うことに問題なく、継続してコミットしてくれる社員を募集して、同意を取った上で実施しています。
この研究が終わった頃には、DeNAは「どうやったら腰痛から脱却できるのか」というメソッドが現在の日本で一番詰まっている会社になっていると思います。「腰痛に困っているエンジニア集まれ」と言いたいですね。
【編集部より】
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