フリーランス女医が本音で語る女性活用
東京医大が女性減点入試に至った理由と、唯一の解決法
2018.08.24
2018年8月、東京医大の入試で女性受験生を一律減点していた事実が発覚し、波紋を広げています。女性活躍推進に取り組む一般企業が増えるなか、医療現場ではなぜ女性が敬遠されているのでしょうか。
今回は、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など医療ドラマの制作協力に携わり、医療の世界の第一線で働く女性である筒井冨美氏が、東京医大の入試減点問題の背景について解説し、医療の現場おいて男女ともに働きやすい環境を作るための解決法を提案します。
【参考】女性活躍の課題は男性優位の企業風土―「女性活躍推進研究 調査結果 記者発表会」レポート
医大入試の「女性のみ減点」は全国で横行している?
2018年の夏は、東京医大が炎上している。きっかけは、文科省高官が息子を裏口入学させていたことが発覚し逮捕された事件だが、その調査過程で、東京医大側が女性受験生を組織的に水面下で減点していたことが発覚し、裏口入学事件を凌ぐ大騒動に発展している。
「東京女子医大が存在するんだから、男子医大もあってよいはず」との意見もあるが、「女性は減点される」旨を公表しないままに受験料60,000円を集め続けたことは悪質で、「不合格になった女性受験生には、少なくとも受験料は返還する等、賠償があってしかるべき」との意見も多い。
実は「入試の際に女性のみ減点」という不正は、国公立大学を含めて、日本中で横行しているとの長年の噂がある。根拠の一つとなっているのが、医師国家試験の合格率が、20年以上常に女性が2~5%高くなっているというデータだ。統計学的に考えて、東京医大一校の操作のみで全国レベルの差はつきにくい。8月には、文科省も本格的な実地調査に踏み切ることを宣言した。
医大入試は就職試験?
そもそもこの事件を論じるには、医大入試の特殊性を理解する必要がある。医大入試は単純な入学試験ではない。全ての医大には附属する大学病院があり、医大入試は「附属病院の総合職採用」のような意味合いが含まれているのだ。
附属病院の運営には外科・救急・手術・当直などのハードな業務を担当する若手医師を、研修医として多数採用する必要がある。東大・京大のようなブランド病院ならば、研修医採用にはさほど苦労しないが、東京医大のような中堅私立医大では、母校OBが人材確保の生命線となる。このような事情から、附属病院は母校にできるだけ「ハードな業務を担当できる若手」を入学させようとする。
また、マスコミ業界にも「激務で女性社員が少ない」という点で、医療業界と似た構造がある。一般社団法人日本新聞協会が発表した調査データによれば、調査対象となった新聞・通信社で働く記者は18,743人おり、そのうち女性記者数は3,781人。女性記者の比率は20.2%となっている。入試女性減点について「女性差別だ!許さない!」と報道していた新聞社やテレビ局が、自社採用試験において女性を本当に平等に扱っているのか、個人的には大いに疑問が残る。
参考:新聞・通信社従業員数と記者数の推移(一般社団法人日本新聞協会)
戦力低下を懸念され、女性は医大から敬遠される
ではなぜ、医療の現場で女性が敬遠されるのか? 理由はやはり一般の企業同様に、産休・育休・育児時短による戦力低下や、それらのマネジメントの煩雑さである。
特に、大学病院のような高度な医療機関では、「10時間以上の長時間手術」「徹夜の救急外来」「月10泊以上の産科当直」のようなキツい業務を、誰かが担わなければならない。
女医が出産したからと言って、患者数や手術件数を減らすことは事実上不可能である。女医の産育休時短による戦力低下は、ただでさえ長時間労働が問題視されている同僚医師がカバーするケースが、現在でもほとんどである。
「女性の働きやすい環境整備」のジレンマ
この事件に対する「意識高い系」有識者の意見は、軒並み「女性が働きやすい環境の整備をすべき」といった内容になっている。実際ここ10年で、医療界は「時短勤務」や「当直免除」など、女性が働きやすい制度を整えてきた。
現在の大学病院には女医復職支援室のような部署が必ず設置(運用実態は様々だが)されているし、研修医募集のホームページには「医師の夫と結婚して、出産後は平日昼間のみ時短勤務しています。理解ある職場で幸せです」といった女医が、ロールモデルとして登場していることが多い(その裏で、当直月10回の独身女医は黙殺される)。
元人気子役の芦田愛菜さんが「病理医になりたい」とインタビューで答えるなど、医大を目指す女子高生は増加する一方である。また、2015年に発生した「東大卒電通勤務の新人女性社員の過労自殺」が示すように、日本型エリートコースは、女性には体力的に過酷であることも認知されつつある。
医療界も男社会ではあるが、「資格は一生使える」「日本社会の中では比較的マシ」として高学力女子高生が集中するようになった。その結果、「女性支援制度を整えれば整えるほど受験生の女性率は上昇し、相対的に(現場をカバーするはずの)男性が弾かれる」というジレンマが存在しているのだ。
「ゆるふわ女医」の増加
私が医大に入学した昭和末期には、医療ドラマといえば「白い巨塔」のような男くさいドラマぐらいしかなかったし、マスコミに登場する女医も、宇宙飛行士の向井千秋先生のような「男並に働きます!」系の人材が多かった。
「女は要らない」「就職後○年間は妊娠禁止」と公言する教授も多かった。しかし、「『女は使えない』と言われないよう頑張ろう」という覚悟を持って就職した女医も、今より多かったように思う。
現在、ワイドショーやバラエティ番組で、コメンテーターとして活躍するタレント女医は増える一方である。「医師夫と都心タワマンで暮らすセレブ女医」のようなメディア記事も多い。
2017年には、就職早々に育休を取得しようとした女医に苦言を呈した管理職が、マタハラで処分される事件もあった。多くの大病院は公立病院なので、産育休時短に関してのコンプライアンスは遵守され、「女は要らない」発言も(表向きは)皆無になった。
その結果、俗に「ゆるふわ女医」と呼ばれる、「医師免許取得後は、スキルを磨くよりも医師夫との婚活に励み、出産後は昼間の仕事だけ」「当直・手術・救急・地方勤務は一切いたしません」といった女医が目立つようになった。
「女3人で男1人分」という東京医大関係者の発言が非難されているが、現実に組織にぶら下がって「男の1/3」レベルの仕事しか担わない「ゆるふわ女医」は実在し、増加傾向にある。
「周囲の支援」より「結果に応じた報酬」
かつての日本企業は「中高年になると出世するので、ラクで高給になるよ」と謳って「若い男」をコキ使っていたし、大学病院も例外ではなかった。しかし、ライフイベントの多い女性にとって「将来の出世」のような曖昧な約束は勤労奉仕のエサにはならないし、「将来の出世」で動かない男性も増加中である。
女性減点入試の根源は、結局のところ、昭和時代から漫然と続く日本的な年功序列待遇・全科均一賃金と、現状が合っていないということである。今回の騒動で、今後の医大入試における得点操作は困難になると予想できる。だとすれば、非ブランド医大は外科医や当直医をどう確保すればよいのだろうか?
解決法はズバリ、「結果に応じた報酬を整備する」ということである。
「心臓外科と皮膚科」「バリキャリと時短」など、仕事の量が違う業務では、報酬に相応の差をつけるべきなのである。産婦人科医でも、ドラマ「コウノドリ」の主人公のような「当直手術しまくり医師」の報酬は、「外来だけ女医」の5倍(時給2倍×労働時間2~3倍と計算)で当然なのだ。
むしろ「バリキャリと時短女医では1.5倍程度しか違わない(=時給換算すると、時短女医の方が高給になる)」ことこそが、問題の元凶なのである。
看護師の世界では、「病棟主任夜勤8回」と「外来パートのみ」では約5倍の収入差は珍しくないし、だからこそ「看護学部の女性減点入試」「ゆるふわ看護婦」は存在しない。弁護士や米国医師も同様である。
基本給を下げた上で、当直・手術・僻地出向などに対する一時金をしっかりと支払う、「結果に応じた報酬」を整備することが、男女とも軋轢なく共生できる健全な職場に近づく手段だと私は考える。
執筆者紹介
筒井冨美(つつい・ふみ) 1966年生まれ。地方の非医師家庭に生まれ、某国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、メディアでの執筆活動や、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など医療ドラマの制作協力にも携わる。近著に「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」がある。
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