コラム

@人事 ドイツ支部通信


働く時間を「減らす」から「柔軟に割り振る」へ。ドイツの労働時間貯蓄制度

2018.08.17

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「労働環境がいい」と言われがちなドイツ。今回はそんなドイツで広まりつつある、労働時間を柔軟に割り振る「労働時間貯蓄制度」を紹介したい。

ドイツで半数以上の労働者が使える労働時間貯蓄制度

労働時間貯蓄制度とは、労働時間を口座預金のように考えて管理する方法だ。たとえば、3時間残業したら、後日早上がりや半休にして、貯蓄していた3時間を使う。私用で早く帰ることがあれば、どこかのタイミングで早出や残業をして相殺する。ドイツではすでに、「労働時間を減らそう」という考えから、「労働時間をもっと柔軟に割り振っていこう」にシフトしているのだ。

この制度の成立背景には、ドイツの労働環境の変化がある。

戦後、労働組合から圧力を受けて、ドイツはたびたび契約労働時間の短縮を実行した。しかし、いくら契約労働時間を短くしたところで、実質労働時間が変わらなければ意味がない。そこで、契約労働時間(たとえば週38時間)と実質労働時間(たとえば週45時間)のあいだに生まれたズレを相殺する制度が必要になったのだ。こうして生まれた労働時間貯蓄制度は、現在では労働時間の柔軟性を重視するドイツの労働環境を代表する制度のひとつになっている。

2011年のIAB(ドイツ労働市場・職業研究所)の統計によると、この制度を使える労働者は54%、導入企業は34%。7年前の時点で、すでに半数以上の労働者が制度を利用できる状態だった。わたしのパートナーが働いている企業でもこの制度が導入されており、引越しのための内見で早上がりする日は早く出勤しておいたり、病院に行って1時間遅刻したら、後日必要に応じて1時間残業していたりする。ちなみに、貯蓄限度や有効期限などは企業の規定によって異なり、契約書にすべて明記されている。

money-time

企業にも労働者にもあるメリット

この制度には、さまざまなメリットがある。

企業としては、仕事(需要)に対して供給(労働力)をコントロールでき、それによる人件費の変動が少なくて済む。繁忙期に残業が多いのならば、閑散期にゆるく働いてもらえばいい。この制度のもとでは、ダラダラと働いている人もどこかで帳尻を合わせることになるので、残業代目当ての無駄な残業を減らすことができる。

また、この制度を導入すれば、今まで労働時間の関係で勤務できなかった人を雇用したり、退職しなくてはいけなかった人を減らしたりできる可能性もある。たとえば、定期的に通院しなくてはいけない、子どもの送り迎えで中抜けする、などの事情がある人だ。この制度があれば、プライベートの都合に合わせて労働時間を貯蓄しておけるから、そういった事情の人も雇用しやすくなる。

労働者が享受する利点として挙げられるのは、ワーク・ライフ・バランスの向上、そして自分自身で労働時間をコントロールできる点だ。ドイツ語ではそれを、「Zeitsouveränität」という。Zeit=時間、Souveränität=主権という意味だ。つまり、この制度を通じて、労働者自身が労働時間の主導権を握れるのである。

問題点と日本で導入するむずかしさ

このようにメリットを並べるととてつもなく優れた制度のように思えるが、もちろん、どんな制度も一長一短である。

ドイツで批判されている点は、労働時間の管理が煩雑になり企業側に負担がかかること、労働者は残業代で給料を上げることができず、サービス残業によるやる気アピールや給料アップの交渉ができなくなることなどだ。また、双方の意見が一致せず、労働時間に関して折り合いがつかないこともある。

もし日本で導入することを考えると、さらにこんな問題が起こりそうだ。
・自己都合で遅刻、早上がりする人や、コーヒーを飲んだり喫煙したりする人に対して、「それならば残業で相殺しろ」という圧力がかかる
・制度を導入してもドイツのように正式に書面で契約を交わさずに形骸化する
・企業側が管理しきれず、労働者側も貯蓄した余剰労働時間を使わない

ドイツでもすでに批判されている点や予想しうる問題点を踏まえ、もし日本で導入するとしたらどういう方法がいいのかを考えてみよう。

worker

日本で導入するなら応用フレックスタイム

そもそもこの労働時間貯蓄制度とは、労働者自身が労働条件を交渉するのが当たり前のドイツで培われた制度である。企業と交渉することが稀な日本の仕組みのなかでは、そっくりそのまま導入するのはむずかしいだろう。そこで提案したいのが、「割り振り型フレックスタイム」だ。

厚生労働省の調査(平成29年就労条件総合調査)によると、2017年、フレックスタイムを導入している企業は、全体の5.4%ほどだった。思いのほか少ないのである。ちなみにフレックスタイムは、このように定義されている。

フレックスタイム制とは、労使協定に基づき、労働者が各自の始業時刻と終業時刻を原則として自由に決められる制度です。(※出典:独立行政法人 労働政策研究・研修機構

ただし多くの場合はコアタイムがあり、「この時間からこの時間までは勤務していること」と定められている。
そこで、まだ導入率が低いこのフレックスタイムをもう少し柔軟にして、ドイツの労働時間貯蓄制度のようにしてみるのはどうだろう。「労働時間貯蓄制度」よりも、「柔軟なフレックスタイム」のほうが、イメージしやすいはずだ。

たとえば、コアタイムを10時から15時とする。昼休憩の1時間を踏まえると、労働時間は4時間。週5日働くとして、確定労働時間は20時間になる。週40時間の労働を定めているのなら、あと20時間は「好きに割り振れる」労働時間にしてみるのだ。毎日8時から17時まで働いて週40時間にする人もいるだろうし、9時から18時でもOK。突発的な事情で昼出勤になったのなら、3日連続で1時間残業して調整する。

企業側も、「早上がりしていいから朝早くクライアントのところに行ってほしい」「今週は忙しいから残業をしてほしい。残業が合計8時間を超えたら、来週のどこかで1日休んでくれ」と、需要により労働時間の采配を工夫できる。それでも合計労働時間は変わらないので、人件費も安定する。

管理の煩雑さ対策については、たとえばオフィスに棒グラフを貼っておくのはどうだろう。コアタイムとは別に働いたぶん磁石を貼っていく。週40時間のところにラインを引いておけば、それに対して少ないのか多いのかが一目瞭然だ。手っ取り早く、スケジュール共有アプリを使ってもいい。

労働時間をこのように可視化すれば制度が形骸化することはないだろうし、労働時間の合計が法定労働時間を超えたら、そのぶんの割増残業料を支払えばいい。

「残業ゼロ」だけでなく「労働時間の柔軟性」にも注目を

ドイツのような労働時間貯蓄制度を、いきなり日本で実践するのはむずかしい。だが、まずはフレックスタイムを導入して労働時間に柔軟さをもたせ、その柔軟性を拡大していくというステップを踏めば、現実的に導入できるかもしれない。

「残業をゼロに」とは言っても、残業が必要なときもある。また、労働者にもプライベートの都合がある。「残業するか否か」という極論ではなく、「残業をどう扱うか」「労働時間をどう振り分けるか」という視点で考えてみるのもいいのではないだろうか。


【編集部おすすめの「ホワイトペーパー」】
体系的にまとめられた情報の中から必要な部分をパッケージングした業務に役立つ資料です。

執筆者紹介

雨宮紫苑(フリーライター) ドイツ在住、1991年生まれのフリーライター。大学在学中にドイツ留学を経験し、大学卒業後、再びドイツに渡る。ブログ『雨宮の迷走ニュース』を運営しながら、東洋経済オンラインやハフィントンポストなどに寄稿。著書に『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)がある。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

あわせて読みたい

あわせて読みたい


資料請求リストに追加しました