特集

慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授・岩本隆氏インタビュー(前編)


HRテクノロジーの導入は「データをどう経営に生かすか」という視点で

2018.06.13

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働き方改革を推進するとして注目を集めるHRテクノロジーですが、実際に導入することで、人事・総務業務にどんな変化をもたらすのでしょうか。また、導入に向けて人事・総務は何を準備すれば良いのでしょうか。HRテクノロジーの潮流から、人事・総務がどのように向き合えば良いのかについて、HRテクノロジー研究の第一人者・慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授の岩本隆氏に話を聞きました。

岩本 隆(いわもと・たかし)氏

iwamotosan慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授

東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)博士課程修了。日本モトローラ(株)、日本ルーセント・テクノロジー(株)、ノキア・ジャパン(株)、(株)ドリームインキュベータを経て、2012年より現職。グローバル企業で最先端技術の研究開発や開発責任者として研究開発の組織マネジメントに携わる。大学では、「産業プロデュース論」をテーマに研究活動を行う。著書に『AI・ビッグデータで加速する働き方改革と人事変革 HRテクノロジー入門』がある。

HRテクノロジーの進化は加速している

──最近のHRテクノロジーの潮流とトレンドを教えてください。
HRテクノロジーという言葉は古くからあって、もともとは「給与や勤怠などの管理でシステムを使う」ところから使われていた言葉なので、ある意味では多くの企業がHRテクノロジーを使っています。最近では、HRテクノロジーに関するベンチャー企業は非常に勢いがあって、投資額も件数も急激に増えてきています。

今、人工知能がブームになっていますが、その背景には、データ分析のテクノロジーがここ数年で急速に進化している事情があります。昔は分析にはシンプルなデータしか扱えなかったのですが、分析できるデータの種類が音声データや画像データ、映像データや位置データという形で多様になっていることも大きな変化です。これは、人の行動に関するデータをセンサーなどを使って集められるようになってきたことが大きいですね。

HRテクノロジーを扱うベンチャー企業が台頭してきたということは、それだけ新しいテクノロジーが人事にも使えるようになってきたということです。盛り上がっているのはHRテクノロジーだけではなくて、「xTech」という形で、リーガルテック(法律)や、マーケティングテック、アカウンティング(会計)を扱うアカウンティングテックや、ファイナンス(金融)を扱うフィンテックなど、さまざまな分野でテクノロジー活用が盛り上がっています。2010年代に入ってから、この5、6年で、「xTech」に関わるベンチャー企業が急激に増えています

※参照 「HRテクノロジー」とは? 知っておきたい基礎知識

テクノロジーがより身近な存在に

──テクノロジー活用がこの5~6年で急速に増えたということですが、この状況に至る上で何かターニングポイントや技術革新があったのでしょうか?

クラウド化が進んだこと、コンピュータが進化したことが大きいですね。通信の技術が進化したので、クラウドで大きなデータを蓄積することができるようになり、その上で、コンピュータの性能が大きく進化したのが、現在の環境に大きく影響を与えています。今では、学生が持っているノートパソコンでかなりのビッグデータが分析出来てしまいます

──そうしたことを踏まえると、この流れでもっとテクノロジーが進化する時代が来そうですね。

そうですね。スポーツ分野では、すでにデータ収集と分析に大きな金額がかけられて、人の行動について1万を超えるパラメータで分析しているそうですが、現状、人事が扱うデータの分析にはそこまでのリソースは投下されていません。分析技術が進歩すると、人事のテクノロジー活用も、プロスポーツで行われているデータ活用並みに進化する余地はあるので、進化という観点で言うと、まだまだ進むと思いますね。

各企業による導入事例

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──今、岩本先生が注目している、テクノロジーに関わる企業はありますか?

NVIDIA(エヌビディア)ですね。今ものすごく伸びている企業で、トヨタ自動車が自動運転技術でNVIDIAのチップを使っています。

今のAIはソフトウェアで動いているものが多いですが、自動運転に使用するものの中にはハードウェアで動かすAIが出てきているんですね。何が違うかというと、計算スピードが全く違う。自動運転についてもハードウェアのAIでシミュレートすると、計算のスピードが速いので非常に多くの街でシミュレーションが出来ます。

例えばインドやイスラエルといったAI大国では、このNVIDIAのチップを使って人事データを分析し、表彰を受けています。今まではソフトウェアの世界だったAIの技術が、ハードウェアの世界でも重視され始めるということです。これまではAIについてはソフトエンジニアが強かったのですが、ハードウェアのエンジニアも参入してくると思いますね。僕はもともとハードウェアのエンジニアなので、この動きには期待しています。

テクノロジー活用の形はさまざま

──極端な話、「ロボット人事」のようなものが実現する可能性もあるということですか?

「ロボット人事」と言った場合にも二通りの可能性がありますね。1つ目の「ロボット人事」の可能性は、ソフトウェアロボットを使った人事業務の自動化という方法で、これは「RPA (Robotic Process Automation=ロボティック・プロセス・オートメーション)」を活用するという形ですでに始まっています。

2つ目の「ロボット人事」はハードウェアを活用したパターンですね。今、ソフトバンクロボティクス社のPepper君が接客などをし始めていますが、ああいったハードウェアがもう少し人間に近づけば、人事業務を担当することもあり得るかもしれませんね。

たとえば、メガネの販売を行うジンズが「集中力を測れる眼鏡」というものを元々別の用途で開発したのですが、「集中力を測れるという用途が人事に活かせる」と話題になりました。

去年で言うとパナソニックさん。「顔画像データによる人材分析」というのをやっていまして、画像データによる人材分析は、東芝さんも日立さんもNECさんもやっていますね。

動画データを使ったHRテクノロジーについては、「タレンタ」というアメリカの巨大なベンチャー企業が「HireVue(ハイアービュー)」というウェブ面接プラットフォームを提供しています。

音声についても「相手の音声でストレスが分かる」といった研究が進んでいますね。さまざまな分野に広がる「xTech」の中では、フィンテックが一番進んでいるので、フィンテックの現状を見ておくと、HRテクノロジーの次の潮流のようなものも見えてくるかもしれません。

会社全体と人事業務の生産性を高める

──HRテクノロジーは、今後五年間で人事・総務の業務にどのような変化をもたらすとお考えでしょうか?

変化は大きく分けて二つあります。一つ目の変化は、HRテクノロジーの導入によって、会社全体の生産性がシンプルに高まるということです。

もう一つの大きな変化は、人事業務のうち、いわゆる「事務作業」と呼ばれるものはほとんど全てがテクノロジーによって自動化、代行されるようになるので、人事の仕事のほとんどは、いわゆる「戦略人事」的な仕事をすることになるということです。

「戦略人事」という言葉は昔からありますが、そういった動きをしている方は決して多くないですよね。今後は、本当の意味で「戦略人事」的な仕事に時間を費やさないといけない。逆に言うと、それができないと仕事がなくなるということかと思います。

「慣習」は捨て、データに基づく業務整理を行う

「生産性を高める」という観点で見ると、日本の企業には不思議な慣習がたくさんあります。「昔からこうだったから」という非論理的な話ではなくて、論理的に考えて仕事をしましょうという発想がベースに必要になっていきます。そして、一番論理的で説明しやすいのが、データなんです。

データで示されれば、誰も文句を言えなくなる。生産性を高めるためには、さまざまなものをデータ化していくというのが極めて重要で、それによって、ロジカルにおかしなところは整理しましょうというところですね。

人事にかかっているコストについても論理的にもう少しブレイクダウンしていけば、どこを効率化してどこを改善すればよいかということは見えてくると思うんです。

労務管理や人材配置、能力開発など、「人」に関わるデータ化については人事が重要になってきます。今後は「会社全体の生産性を高める」という視点と「人事業務の生産性を高める」というこの二つの視点が重要です。

業務をテクノロジー化し、人事は付加価値の創出に専念すべき

岩本さん図1

日本の大企業の多くは、グローバルスタンダードで見ると利益率がどこも低いんですよね。そういったことを改善していかなければ、グローバルな競争には勝てないと昔から言われています。すでに世界では第4次産業革命が始まっているので、生産性の向上と利益率の上昇については今真剣に取り組まないと、どんどん海外の産業に飲み込まれていってしまいます。利益率の高い状態に持っていくために、テクノロジーを使ってできる業務は全部テクノロジー化して、それとは別に価値を出せる人事になりましょうということですね。

先進的な企業は、人事の部門長に事業部門で活躍した人、ビジネスが分かる人を部門長に持ってきて、こうした改革を行っていますね。旧来型の労務管理しか出来ない人事ではこれからは限界があるという判断から、人事異動を行っている企業も出てきています。

極端な話、外資系の先進的な企業の中には「人事部門はいらない」と言う企業もあります。ラインのマネージャーの手元に人事情報が全部あるので、人事がいちいち情報集めたりする必要もないということですね。

岩本さん図2

課題1.テクノロジーに対する抵抗感をなくす

──前提として、労務管理系をはじめ、バックオフィス的なものは全部テクノロジー化してしまう。

そうですね。日本の企業は社内で抱えようとすることが多いのですが、労務管理についてもクラウド化した方がコストが安いということと、アウトソースした方が、外注先が技術を沢山持っているので、効率化しやすい。今後はそういった形にしていくべきなのかもしれないですね。そして、もっと付加価値の高いところに人事は時間を費やすという形ですね。

現状の問題は、テクノロジーを導入することで付加価値を出せる人事の方は、こういった話をするととても喜んでくれるのですが、付加価値を出す自信のない人事の方は、かなりネガティブになるということが良くあります。

きっかけとして、HRテクノロジーについてもっと学ぶ場があると良いと思いますね。生涯教育という観点で言うと、これから「リカレント教育」に政府が力を入れる姿勢を見せているので、これから学ぶ場自体は増えるはずです。

ただ、戦略人事というのは経営を分からないといけないので、本当はテクノロジーだけでなく、MBAなどを取りに行くと一番良いんですね。今、求められているのはビジネススクールと人材マネジメントとテクノロジーを融合したような大学院を作るような話で、本当はそういうところで学べるのが一番良い。あとはローテーションで。異動させるということですね。

課題2.人事とデータサイエンティストの連携

──人事がHRテクノロジーを取り入れていく第一歩として、データの積極的な活用があると考えられます。

データ活用については、データサイエンティストが今の世の中には本当にたくさんいらっしゃるので、そういったか方を雇うという方法もありますし、社内にもデータ活用ができる人はいるはずなんですよ。

問題は、人事とデータサイエンティストの方がうまくコミュニケーションを取れない事例が多いということで、人事で学ぶ意欲が高い方は自分で統計を勉強して、データサイエンティストをマネジメント出来ようになっていたりしていくのですが、そうでない場合はそりが合わない。そのあたりが皆さん悩んでいるところかもしれない。

データサイエンティストの側から見た場合、先ほどご紹介した「xTech」のように、さまざまなテックがあるので、必ずしもHRテクノロジーをやる必要は無いんですよ。

彼らからしたら他の領域の方が楽しかったりもするので、HR部門に連れてきてもやる気を出してくれないということがあったりもします。「社内向けの人事データを分析」というと少し内向きな印象を持たれてしまうということもあるようで、ミスマッチが少なからずありますね。

「社内外注」で円滑なデータ活用を

──人事が上手くデータを活用している事例にはどんなものがありますか?

技術系の企業は社内に必ずデータサイエンティストがいるのですが、その人を人事に持ってくると前述のようにやる気をなくしてしまうことがあるので、どういうアプローチを取っているかというと、社内の「研究所」や「研究開発部隊」にデータサイエンティスト部門を作って、そこに人事から発注するという形が比較的うまくいっているようです。

──社内外注のような形ですか。

そうですね。データサイエンティスト部門に所属しているので、その中の仕事の一つとしてやるという感じです。

──岩本先生がご存知の企業の中で、それが上手くできているところはありますか?

いまピープルアナリティクス部門を作っている会社が非常に多いのですが、対応が早かったという意味で言うと、リクルートさんですね。日立さんでも去年立ち上げましたし、パーソルホールディングスさんも、人事情報室という部署を2015年くらいの早い段階で立ち上げています。

パナソニックさんもHRラボというのを去年の1月に立ち上げていますね。いま表に出ていないだけで、ピープルアナリティクスの体制を作っている会社はものすごく多いです。

具体的には、多くの会社が自社のハイパフォーマーのデータ分析をやっています。(ピープルアナリティクスを自社が行っていることについては)外部にあまり明かしてもメリットがないので、それほど知られてはいませんが、実は私のところにはものすごくいろんな企業さんが来ていて、世の中的には進んでいないように見えて、実はどんどん進んでいますね(後編につづく)。

【後編】岩本隆特任教授に聞く、HRテクノロジー導入に成功している企業の特徴

【編集部より】
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