コラム

フリーランス女医が本音で語る女性活用


仕事との両立のために知っておきたい、不妊治療の基礎知識

2018.04.26

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ニュースやドラマなどでも、少しずつ触れられることがふえてきた「不妊治療」。社会全体で晩婚化が進む中、この治療は誰にとっても他人事ではなくなりつつあります。

今回は、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など医療ドラマの制作協力に携わり、医療の世界の第一線で働く女性である筒井冨美氏に、不妊治療の基本知識と職場での対応について解説いただきます。

増え続ける体外受精、追いつかない制度

「石田純一・東尾理子夫妻が体外受精で第三子」「無精子症のダイヤモンドユカイ氏が顕微授精で3児を得た」「海外での提供卵子によって50才で出産した野田聖子代議士」「ロシアで代理母出産の有村昆・丸岡いずみ夫妻」など、有名人の高度不妊治療による出産ニュースを耳にする機会が増えている。実は我が国の体外受精は増加の一途を辿っており、2017年9月に日本産婦人科学会が公表したデータによると、2015年に日本で生まれた赤ちゃんのうち約5.1万人が体外受精によるもので、これは全出産児(約101万人)の5.1%である。

2018年3月、厚労省雇用機会均等課は「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題ついての総合的調査報告」という初めての実態調査を行い、結果を公表した。それによると、調査対象の13%が不妊治療を経験したが、そのうち女性の23%が不妊治療と仕事の両立ができず退職した。また、不妊治療への支援制度がある企業は9%という結果であった。この調査は「女性の活躍推進企業データベース」で公表されている企業の従業員を対象にしており、「くるみん認定」など女性活用に積極的(ということになっている)企業群に偏っているので、世間一般での不妊治療と仕事との両立は、さらに厳しいことが推測できる。

不妊治療の5つの段階と、知っておきたい基本知識

不妊治療は主に以下の5段階に分類できる。本稿ではStep3⁻4について、論じている。

Step1 タイミング療法

基礎体温などで排卵日を予想して、性生活を持つ

Step2 人工授精

別に採取した精子を、排卵日のタイミングで子宮内に注入する

ここまでは、仕事との両立は困難ではないし、保険診療が適応されるので、体にも財布にも優しい。問題は、生殖補助医療(ART: artificial reproductive technology)と総称される以下のステップである。

Step3 体外受精(卵子保存)

一般的な治療スケジュールを表に示した。月経開始直後から排卵誘発剤(主に筋肉注射)を使用して、多数の卵子を育てる。排卵日が近くなると、マメに来院して超音波検査で卵巣の状態をチェックする。排卵日には、卵巣を体外から穿刺して卵子(1回で数~数十個)を回収する(採卵)。採卵した卵子と、別に採取しておいた精子をシャーレで混入して受精させる。この受精卵を3~6日程度培養して、子宮内に戻す(胚移植)。その約2週間後に、妊娠か否かを判定する。なお、最近よく聞く「未婚女性の卵子保存」とは、月経開始~採卵までの過程が共通であり、得られた卵子を冷凍長期保存しておくことで、高齢になっても若い時の良質な自己卵子を使用して妊娠する可能性を残すことができる。

Step4 顕微授精

体外受精の中でも、顕微鏡下で卵子に穴をあけて精子を直接注入するのが顕微授精である。ダイヤモンドユカイ氏のように、男性の精子数が乏しい場合などで推奨されている。女性側の肉体的負担や通院回数はStep3に準じるが、さらに高額になる。

Step5 卵子提供、代理出産

野田聖子氏や丸岡いずみ氏のケース。日本国内では一般的でないので、本稿では割愛する。

不妊治療で仕事を辞めるべきではない2つの理由

不妊治療で仕事をやめるべきでない理由として、筆頭に挙げられるのが金である。「出生率また下がった!」「少子化対策の充実を!」と騒がれる割には、体外受精は今なお保険診療外となっている。体外受精だと1周期で30~50万円、顕微授精だと40~80万円の大部分は自己負担となる。先立つものは金なのだ。

また、覚えておかなくてはいけないのは、体外受精をしたからといって、確実に妊娠する保障はないということだ。35歳未満の体外受精妊娠率は約40%だが、40代前半の場合は約10%に低下する。35才以上で不妊治療を開始する女性は、体外受精を繰り返しても子供が得られない可能性もそれなりにあることを考えると、仕事上のキャリアはそう簡単に手放すべきではないと言えるだろう。

体外受精のスケジュール

先の厚労省調査で「両立困難な理由」として筆頭に挙げられるのが「通院回数の多さ」である。具体的には、「待ち時間など通院にかかる時間が読めない」「医師から指示された通院日に仕事が入るなど、日程調整が難しい」などが、挙げられている。また、希望する支援制度としては「休暇制度、フレックス、時間単位の有休」そして「年休など現状ある制度を取りやすい環境」とある。

図1(クリックで拡大)

図1(クリックで拡大)

不妊治療の内容と、仕事と両立する際の日程優先度についてまとめたのが上記の図1だ。 スケジュール表のなかで、絶対優先すべきは採卵日である。排卵日近辺になったらマメに超音波検査を行って、ベストコンディションの卵子を採卵することが、成功への王道である。全身麻酔を使用することも多いため、採卵日は全日休業が望ましく、仕事はメールチェック程度にとどめたい。ただ、月経開始13~18日後という大まかな予想はできても、実際の採卵日(=休業日)は2~3日前にならないと決まらないのが辛いところである。

次に重要なのが胚移植である。具体的には、特殊な注入器で受精卵を膣内に戻すのだが、基本的に痛みはなく1時間程度で終わる。病院でしばらく安静にした後は、仕事や家事が可能である。しかしながら、評判のよい不妊専門クリニックは数時間待ちが常態化している。また採卵日が決定した段階で胚移植日も決まるので、予め午後半休などを取得しておきたい。

近年技術が発達している「受精卵の冷凍保存」

冷凍保存技術が発達した現在では、受精卵を冷凍保存して翌月以降に胚移植することも可能である。42歳で出産した東尾理子氏の第三子は、以前の不妊治療で冷凍しておいた30代の受精卵を胚移植して妊娠したことを公表している。 採卵日の直前にはマメな通院が必要になるが、行う検査は超音波検査がメインで時間もかからないので、有休の時間休やフレックス勤務制度で対応できるだろう。

その他、体外受精に入る前の一般的検査として、血液検査・超音波検査・内診などが挙げられるが、これらは比較的スケジュールの融通が利くので、フレックス勤務などで対応できるだろう。ただし、子宮卵管造影だけは放射線施設の予約が必要だし、数時間の安静が必要なので、少なくとも半休は取得しておきたい。なお、男性の精液採取も冷凍保存可能なので、夫の不妊治療と仕事の両立は、妻に比べて格段に容易である。

近年の都心部では、「早朝7:30~」「~20:00まで受付」「日曜診療あり」のような専門クリニックが増えている。また、ホルモン剤の筋肉注射も自宅で自己注射できるキットが一般化しつつある。これらの情報は各病院のホームページで確認できるし、不妊専門クリニックも増える一方なので、マメに情報チェックして欲しい。

「不妊治療連絡カード」という奥義

また、厚労省は冒頭に紹介した調査に関連して「不妊治療連絡カード」を作成している。「上司が昭和脳で休めない」とお悩みの女性は、このカードを不妊治療クリニックの主治医に記入してもらい、勤務先に提出しよう。

今のところ法的な拘束力はないが、昭和脳の男性管理職には「厚労省」「医師」をちらつかせるのは、「年休など現状ある制度を取りやすい環境」への近道となるだろう。

部下に「不妊治療したい」と相談されたら

1回の体外受精で、絶対に休まなければいけないのは採卵日のみであり、その他は半日休が2回程度、その他の通院はフレックス勤務の範疇で原則的には対応することができる。そのため、部下に「体外受精したい」と相談されたら、まずは「フレックス勤務」を提案し、有給の取得を奨励しよう。その上で、学校・経理・新卒採用など、季節変動がある部署ならば、閑散期に治療(特に月経~採卵のステップ)した方が、周囲の理解も得やすいことを伝えておくと良いだろう。

また、不妊治療を開始する女性は、おおむね30代以降のベテランでもある。仕事の割り振りも「締切日と目標のみ示して、進捗情報をネットなどで報告すれば、自宅や出先での仕事も可能」といった形で従業員に裁量を与えれば、長くなりがちな病院の待合室でも仕事を進めることが可能になる。

厚労省調査に挙げられた「休暇制度、フレックス、時間単位の有休」は、不妊治療以外の場面でも有効だ。育児や介護との両立、そして副業(複業)のような、新しい働き方や社内のダイバーシティを進める基礎として着手すべき制度と言えるだろう。

独身者への配慮は忘れずに

とはいえ、不妊治療をする社員は「また早退…」といったように、同僚の独身女性の厳しい視線を感じることもあるだろう。そういった際は、冒頭に書いたように、現在の日本では不妊治療は珍しいものではなくなっていることを伝えよう。その上で、「卵子の冷凍保存を希望する場合は、会社として配慮する」ことなどを公表するのも良いだろう。独身女性にとっても、不妊治療は全くの他人事ではないことを示すことは、管理職の役割の一部と言えるかもしれない。

執筆者紹介

筒井冨美(つつい・ふみ) 1966年生まれ。地方の非医師家庭に生まれ、某国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、メディアでの執筆活動や、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など医療ドラマの制作協力にも携わる。近著に「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」がある。

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