社労士・北村庄吾が語る、働き方改革の裏側
不適切な運用は会社のリスクに? 働き方改革の裏で広まる2つの制度
2018.03.29
「働き方改革」という言葉が連日メディアでも取り上げられる中、その実態は、必ずしも称賛できるものばかりではないことが明らかになってきています。今回のコラムでは、「年金博士」として広く知られ、社会保険制度や労務の問題に関する評論家としてもテレビ・雑誌で活躍する北村庄吾氏に、働き方改革に関わる労務問題について解説していただきます。
「働き方改革」の発端は国連の勧告だった
国会でも、働き方改革に関する論戦が始まりました。早速、裁量労働制に関しての厚生労働省の調査のずさんさなどが話題になっています。
さかのぼれば、国際連合から勧告を受けたことが、「働き方改革」の発端です。2013年5月17日、国連の「社会権規約委員会」は、日本政府に対して「長時間労働によるメンタル不調者の増加」、それに起因する「過労死の増加」があることへの懸念を示し、新たな対策を講じるよう勧告しました。この勧告を受けた当時の日本は、1時間に1人のサラリーマンが自殺しているという、痛ましい状況でした。
参考:【過労死問題】国連が日本政府に「懸念」示す、新たな立法・規制も勧告 (産経新聞)
また、日本の労働生産性の悪さも浮き彫りになりました。筆者も、こうした勧告がある前は、日本は効率的に業務をこなし、「労働生産性がいい国だ」と思っていました。
日本生産性本部が作成した資料「日本の労働生産性の動向 2016年版」には、労働生産性に関するデータが紹介されています。2015年度では、日本の労働制資産性はOECD加盟国35か国中22位で、ギリシャの下です。週労働時間49時間以上の労働者割合は、日本 21.3% 米 16.6% 英 12.5% 仏 10.4% 独 10.1%となっています。このデータから分かるのは、「日本は、長く働いているのに生産性が低い」という、ショッキングな事実です。
働き方改革の中心は、長時間労働の是正と、仕事の見直し
働き方改革では、まず、「長時間労働の撲滅」が重要課題になります。これを推進するために、厚生労働省は、長時間労働特別対策チームを作り、有名企業を軒並み摘発しています。その中で、長時間労働を隠す手法がブームになりました。それが「固定残業代」です。
固定残業代は、毎月の給与にはじめから「〇〇時間の残業代」を含めるという手法です。例えば、基本給の中に「30時間の時間外・休日・深夜残業が含まれる」という形で主に運用されています。基本給が24万円だとすると、この24万円の中に30時間の時間外などの残業代が組み込まれています。基本給をアップすることなく、残業代などを組み込む手法は、多くの企業に広まりました。
固定残業代は、運用を間違うと大きな損害に
固定残業代は、不適切な運用をしていると「残業手当」としての性質が否認され、会社が全く残業代を支払っていなかったと解釈されることもあります。そうなると、固定残業代だと考えていた手当自体も残業代の計算基礎となる賃金に算入されるため、結果として時間単価が高くなります。実際に、雇用契約書の「固定残業代」への合意を裁判所が無効と判断し、会社に残業代の支払いを命じる裁判例も出ているのです。
固定残業代が有効に認められるためには、次の2点に留意する必要があります。
- 固定残業時間と固定残業代が労働契約上明確にされ、賃金支払い時にも支給対象の残業時間と残業手当の額が、労働者に明示されていること。つまり、給与明細で明確に区分されていること。
- 固定残業に含まれる時間を超えて残業をした場合は、超過分については別途支払う旨をあらかじめ明示していること。つまり、賃金規程等に明記されていること。
固定残業代は、新卒社員はもちろん、中途採用などの採用戦略にもマイナス
固定残業代は、新卒の採用にはかなりマイナスの要素として働きます。なぜなら、ブラック企業やブラックバイトが大きな問題となり、現在の大学生は労働法にも関心を持ち始めているからです。
私が所属する社会保険労務士会も「出前授業」として、大学生や高校生に働く上で大切な労働法の知識を教えています。働く人の意識と知識も変わってきているのです。このような状況の中で固定残業代を採用していることは、採用にも悪影響を及ぼす可能性があることを肝に銘じるべきでしょう。
「振替休日」と「代休」の違いは何か
また、残業代を支払わなくても済む制度として「振替休日制度」を採用する企業もあります。「振替休日」と「代休」の2つの仕組みを導入している会社もありますが、2つの制度を採用している会社の担当者に聞くと、振替休日と代休の違いを分かっている社員はほとんどいないというのが実態です。振替休日と代休との違いは、一言でいえば、残業代の支払いが必要か否かという点です。
- 振替休日=適正に運用すれば割増賃金は不要
- 代休=どんな場合でも割増賃金が必要
ということです。ここからは、振替休日の適正な運用について、具体例を挙げて解説します。
振替休日の不適切な運用は労務リスクに
振替休日は運用を間違えると、会社の労務リスクになります。振替休日は、多くの場合「会社の所定休日に出勤し、その代わりに振休をとる」という運用で問題ないと考えられていますが、正確には異なります。
たとえば、月曜日から金曜日まで1日8時間、週40時間勤務で、土日が所定休日だとします。
土曜日に出勤し、翌週の水曜日に振休を取った場合で考えると、土曜日に出勤した段階で、1週48時間勤務になります。労働基準法における割増賃金は、1日8時間、1週40時間を超えた時間に関して支払わなければなりません。
土曜日に出勤した段階で、1週48時間となり40時間を8時間超えています。この8時間に関して、25%以上の割り増しが必要になります。
翌週の水曜日に、振休を取ったとしても割り増し分は消えないのです。振替休日制度を誤用して、この割り増しを支払っていない会社が数多くあります。上場企業でも、管理が不十分で、未払い残業代となっている例もあるのです。
振替休日制度の正しい運用は、同じ週で振休を取るということです。これが厳守できなければ、管理が煩雑となり、正しく管理できなければ「労務リスク」となります。
「振休は2か月以内にとる」という規定は違法
振替休日を2か月以内にとるなどの定めをしている会社も多くあります。これは完全に労働基準法の賃金支払い5原則の中の、全額払い違反です。賃金は、締日までに生じた全額を支払う義務があります。締日をまたいで、振休を取るという処理はこの原則に反します。
振替休日も採用にマイナスの要素となります。今や、若い人たちの働く意識は変化し「土日休みで残業がない会社」で働きたいのです。休日出勤を前提とした振替休日制度は、こういった点からも採用にマイナスの要素として働きます。
今回は固定残業代と振替休日制度を取り上げました。次回は、中編として裁量労働制と変形労働時間制、最終回の後編は労働時間管理、サービス残業をテーマとして予定しています。
執筆者紹介
北村庄吾(きたむら・しょうご) 1961年生まれ。熊本県出身、中央大学卒業。社会保険労務士・行政書士・ファイナンシャルプランナー。ブレイン(株式会社ブレインコンサルティングオフィス・総合事務所Brain)代表。 1991年に法律系国家資格者の総合事務所Brainを設立。ワンストップサービスの総合事務所として注目を集める。 近年は、週刊ポスト紙上での「年金博士」をはじめ、年金・医療保険等の社会保険制度や名ばかり管理職・サービス残業等の問題に対して鋭いメスを入れる評論家としてもテレビ・雑誌で活躍。実務家としても全国の社会保険労務士のネットワーク(PSRnetwork)を主宰。助成金や労務管理・人事制度のアドバイスを精力的に行っている。
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