社員研修を科学する~ビジネスを加速させる人材の育て方~
研修会社に頼らない「研修内製化」の極意 科学的なメソッドで研修効果を最大化する方法
2018.02.05
基本的なビジネスマナーのように汎用性の高い内容を習得させたいなら、豊富な知識とノウハウを持つ研修会社のプログラムは効果的だろう。しかし、企業が長年培ってきた独自のノウハウを、研修会社が教えることはできない。
社内のメンバーが講師を務める「内製研修」は、社外講師にはない、企業のコアとなるスキルを教えることができる。反面、講師の「教えるスキル」次第で成果に差が出てしまう懸念もある。長年にわたり企業の「研修内製化」支援に取り組んできたダイナミックヒューマンキャピタル代表の中村文子氏に、内製化の極意を聞いた。(2017年11月取材、聞き手:大橋博之)
中村文子(なかむら・あやこ)
ダイナミックヒューマンキャピタル株式会社 代表取締役。
人材育成・組織開発プロフェショナル。The Bob Groupマスタートレーナー。P&G、ヒルトンホテルにて人材・組織開発に従事。2005年より現職。講師養成についての世界的第一人者ボブ・パイク氏に師事し、2012年にマスタートレーナーとして認定を受ける。クライアントは製薬、電機メーカー、保険、金融、ホテル、サービス業、さらには大学・学校と多岐にわたり、研修・社内講師養成、研修内製化支援、教育制度構築、ヒューマンスキル研修などの分野で活動中。著書に「講師・インストラクターハンドブック」(ボブ・パイク氏との共著)がある。
知識のインプットだけなら研修を行う意味はない
─近年注目を集めている、「研修の内製化」とは、どのようなものなのでしょうか?
研修を行いたいと考えた企業が、研修会社などに依頼して講師を派遣してもらうことを「外注」と呼び、社内の人間を講師にして社員に教えることを「内製」と呼んでいます。
講師が受講者に対して一方的に話し、「知識をインプットする」ことが目的だった時代もありました。今の時代、知識のインプットだけなら、わざわざ研修を行わなくともITツールを活用すればよいことです。隙間の時間を利用して、スマホなどで学ぶことに慣れている人は増えているでしょう。ITでやればいいことを、手間暇をかけてわざわざ行うのは意味がありません。しかし残念ながら、いまだにそのフェーズから抜け出せないでいる企業が多いのが現状です。
では、何のために研修を行うのか? 知識をインプットするのではなく、身に付けた知識を職場に持ち帰り、実践するためです。企業の経営にプラスとなることが実現できてこそ、そこに時間と費用を投資する意味があると言えます。研修では話を聞いたり、本を読んだりするだけでは得られないものを吸収することが大切です。人を集めて行う研修だからこそ学べることを教える、という視点が重要になります。
ダイナミックヒューマンキャピタルでは、内製化を行いたいという企業に対して、3つの支援を行っています。中でも多いのは、社内講師育成の依頼です。
現場に則したノウハウは内製化して継承する
─研修を内製化したいという企業は、どのような課題を持っているのでしょうか?
「研修を行っても、知識が社員に定着していないのではないか?」と考えている企業が内製化を検討することが多いです。また、教えるべきノウハウはあるけれど、教えるスキルを持った人材が社内にはいない、そもそも研修プログラムを組み立てデザインするノウハウがない、といった場合もあります。
─研修を内製化するメリットとは何でしょうか?
研修を外注すると費用が発生しますので、その費用が軽減できるというメリットはもちろんあります。それ以外にも、内製化にはメリットが多くあります。
一般的なビジネスマナーなどは外注でもよいのですが、現場に即したノウハウは外注では教えることができません。企業の中で教えられる講師が必要です。例えば、プレゼンテーション研修を行っている研修会社はたくさんありますし、よいメソッドをお持ちです。しかし、実際に現場でクライアントにプレゼンテーションするときのノウハウは、企業によって内容もロジックも違います。現場に即したプレゼンテーションの具体的な方法を教えられるのは、社内の人だけです。
営業の領域でもそうです。企業によって扱っている商品やサービスはさまざま。顧客によく質問されるポイントや指摘されるポイントは、営業の経験を積んでいる人だからこそ気づくことです。
このように、企業によって求める知識やスキルは多様で、共通ではありません。そのようなノウハウは言語化し、ナレッジとして社内に広く伝授すべきです。もちろん、外注のほうが効率が良いこともあります。外注と内製化を使い分けることが大切です。
トップの理解を得るには「研修をやりたい」と言わないこと
─メリットばかりに思えますが、内製化に対する弊害はあるのでしょうか?
企業の研修担当者の立場からすると、内製化に対して、経営者や社員が前向きにコミットしてくれない、ということはありえます。講師を担当する人は本業があるうえに、講師を兼任することになります。講師として活躍できるようになるまで、育成の時間もかかります。内製化のプログラムを作る時間と費用も必要です。
そのような投資に対して、どれくらいの期間でペイするのか、というのは難しい問題です。例えば、研修を年に10回やるのなら内製にしたほうが経費はかからない状況がある。しかし、1年に1回しかやらないのなら、そのためにプログラムを作って育成するのではコストは高くつくため、「見込みが立たないのならやらないほうがいい、外注したほうがいい」と判断することも当然ありえます。
研修の必要性が大きいのにトップの理解を得られないとき、意識してほしいのは、トップに対して「研修をやりたい」という話から始めないことです。「〇〇を解決したい」「〇〇を達成したい」という目標(ゴール)を先に示し、それを達成するひとつの手段として「研修ならこういうことができます」と提案することです。
例えば、部内のコミュニケーションが課題だから、部内のコミュニケーションの頻度や質を改善する施策を打ちつつ、質の高いコミュニケーション力を身に付けてもらうための後押しとして、こんな研修をやりたい、というロジックなら納得しやすいと思います。
内製化に必要なのは「コンピテンシーの明文化」
─研修を内製化するときは、どんな準備が必要ですか。
例えば「リーダーシップ研修を内製化しよう」と考えたときは、どのようなリーダーシップを会社が求めているのか、という人物像が明確でなければなりません。企業がコンピテンシー(※)を定義していればよいですが、それが曖昧だと目指すところが見えないため、プログラムが作れない、ということになります。
企業によって企業文化が強いところ、あいまいなところはあります。社是、社訓はあっても浸透していない企業もあります。何か軸があればそれを基盤に研修プログラムを設計しますが、企業文化やコンピテンシーが確立されていなかったり、コンピテンシーや職務要件定義書などはあってもそれがごくごく一般的だったりする場合、内製化する意味はあるのか? となってしまいます。
そのような場合、研修内製化をきっかけに、コンピテンシーを定義することが大切です。企業文化やコンピテンシーを明文化してからディスカッションし、そこから研修のコンテンツに落とし込んでいきます。
今までこうしたものが明文化されないまま過ごしてきたのであれば、作ったほうがいい。それは採用にも活きてくるはずです。「弊社はこういう企業文化です」と情報発信することで、求める人材とマッチングしやすくなります。
※コンピテンシー:企業内で高い業績を上げる人の行動特性のこと。分析することで人事評価や採用の場面で活用できる。
設計段階から「主体的に学んでもらう」仕組みを盛り込む
─研修を設計するときは、どのようなことに注意すればよいのでしょうか?
内製化で大切なことは、講師のキャラクターやスキルに頼ることなく、効果のある研修を担保することです。講師のトークが面白いとか、キャラが立っているとか、そういうことで参加者の興味を引き付けようとすると、当然、トークのスキルが必要となり、とても難しくなります。多少、喋りが下手でも講師になれる、みんなに興味を持ってもらって、学んでもらうような仕掛け作りが大切です。
例えば、一方的な説明にならないよう、説明の前に問いかけをして考えてもらい、それから答え合わせをするなど、ちょっとしたデザインの工夫をプログラムに入れることです。それだけで成果は大きく変わってきます。
弊社の場合は、受講者が自分たちで問題を解決したり、学んだポイントを職場で実践してもらうにはどのようにデザインすれば良いのかを常に追求し、心理学や脳科学をベースにしたメソッドを使っています。
また、大切な要点は研修の中に何回も出てくるように、プログラムを設計しておくこと。そうすることで自然と頭に入るようになります。これらの仕掛けを考えずに受講者に学びをインプットさせようとしても何も頭には入りません。
研修をより効果的にする、心理学的な2つのポイント
─心理学を活用した、代表的なメソッドを教えてください。
「90/20/8の法則」というものがあります。大人が理解力を保持しながら話を聞いていられるのは90分が限界。ですので、90分に1度は休憩を取ります。また、20分おきにそこまでの内容を復習することが必要です。さらに、8分ごとに受講者をプログラムに参画させることも効果があります。人間は受け身な状態が続くと、脳が退屈して他のことに注意がそがれるからです。このようにして90分の研修プログラムをデザインします。
また、ポジティブな感情と結びつけるほうが学びはインプットされやすくなります。人間の脳は「嫌な記憶は忘れよう」とします。また、講義が嫌なものなら「早く終わって欲しい」ということに意識が集中し、研修での学びは長期記憶に定着しにくくなります。それでは学びとしての効果が得られません。
つまり研修の場が「嫌な体験」になってしまうと、講師が教えたことが忘れられる確率が高くなります。ですので、参加者に対して過度なストレスをかけず、達成感を味わってもらいながら成功体験を積んでもらうと学びは定着しやすくなります。
─研修の効果検証はどのようにすればよいのでしょうか?
研修業界の標準的な考え方として「カークパトリックの効果測定理論」というものがあります。
レベル4を行うことは現実的に難しいことも多いですが、レベル3までならそれほど難しくはありません。
研修の後で効果を追いかけようとすると、外的要因が入るため、研修による効果だけを正確に計測することはほぼ不可能です。そのため、企画段階で、まずレベル4から考え始めることが大切です。例えば、上司に対する社員満足度調査を行い、そのスコアを8ポイントから10ポイントに上げたい、と目標を立てたなら、「上司の〇〇が変わると10ポイントに上がる」という仮説を立てます。
そして、上司のその行動変容を起こすために何が必要かを検討します。さまざまな施策が必要でしょうが、その一部として研修ではどんなことを教えるべきかを考え、デザインします。そして、3カ月後に追いかけ調査を行うことで、その行動変容についての目標が達成できたかを確認します。
─内製化が必要なことが理解できました。
多くの団塊の世代、団塊ジュニア世代が定年を迎えて引退されています。するとその方が培ったノウハウが継承されず、消えてなくなってしまう。そのことに危機感を持っている企業は多く、内製化の検討を進めていらっしゃいます。企業の人材育成は外に頼るのではなく、企業が担うという文化に変わってきているように思います。
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執筆者紹介
大橋 博之(おおはし・ひろゆき) インタビューライター。 大阪生まれ。徳間書店が刊行しているアニメ雑誌『アニメージュ』からライター・編集者をスタート。NECの関連会社で、PR・販促とweb制作に従事。webメディアの編集会社を経て、2016年にインタビュー・ライターとして独立。
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