採用学4周年記念セミナー・神谷俊氏講演vol.2
なぜ食品会社Xの内定辞退は増加したのか? 採用学の観点から導かれた仮説
2017.12.06
2017年11月、就活生の内定辞退率が6割を超えたことが話題となりました。内定、内々定辞退が多い会社の採用現場には、どこにその原因があるのでしょうか? 採用学研究所の研究員で、採用コンサルタントを務める神谷俊氏が、実際に携わった事例から課題を解き明かします。
※この記事は採用学4周年セミナー・神谷俊氏講演「食品会社Xはなぜ採用に注力し始めたのか? アクターネットワーク論でそのメカニズムを捉える」の続編です。
神谷俊(かみや・しゅん)
株式会社ビジネスリサーチラボ コンサルタント
採用学研究所 研究員
株式会社エスノグラファー 代表取締役
経営学修士。採用学研究所にて調査・研究を推進する一方、多様な組織に在籍し、独自のキャリアを展開。株式会社エスノグラファー代表取締役、株式会社ビジネスリサーチラボ研究員、面白法人カヤック「社外」人事など兼務。幅広い領域を越境しながら地域・組織などのコンサルティングを手掛ける。
現場の混乱から、採用強化を決意した食品会社X
ここまでの話を整理します。「製品A」の爆発的なヒットによって、食品会社Xでは営業現場と生産現場が混乱し、離職者も増加しました。その中で、改めて「人員体制を強化しなくてはいけない」という経営判断がなされ、「採用を強化せよ」というミッションが人事課長に課せられました。
少しこの人事課長について補足しますね。この人事課長は、もともとマーケティングの部署にいた人で、経営陣も人事課長を評価し、人事部へ異動させたという経緯があります。上司からも相応の権限を委譲されていた方です。この人事課長がまず何をしたかというと、X社と取引のある採用ベンダー、A社の営業担当に相談したんですね。
採用ベンダーA社から「採用ブランディング」の提案を受ける
相談を受けたA社は、X社に対してこのような提案をします。
A社は、現場で活躍している人の「パフォーマンス分析」をして、その分析結果に基づいて、「採用ブランディング」をしていきましょうという提案を行いました。つまり、「ターゲットを定めてX社の魅力を徹底して伝えていきましょう」という施策ですね。
具体的に、X社の高業績者と低業績者を比較し、差があった能力をもとに採用基準を策定しました。「ソリューション力」と「適応性」という採用基準を策定したんですが、そのような資質を持っている人材に訴求できるように、パンフレットを作成したり、ナビサイトに掲載したり、イベントにたくさん出展したり、広報的なアプローチを大々的に展開していったわけです。
エントリー数が大幅アップしたものの、内々定辞退率が40%上昇
その結果、成果は出たのでしょうか? まず、エントリー数が1.5倍になりました。特にWebエントリーがかなり増えました。しかし同時に、内々定辞退率が40%増えました。
面接時までは、人事部はとても喜んでいたそうです。「次から次に優秀な人が来る、面接の受け答えもすごい」と。社内は「頭がキレるやつがたくさん採れるんじゃないか」と湧いていたわけですけれども、いざ蓋を開けてみると「辞退します」の連続。大量の内々定辞退が発生しました。ベンダーA社の提案にのったものの、うまくいかなかったわけです。
ここで人事課長は採用施策を見直すため、別の採用ベンダーB社に相談をしました。このB社から依頼を受けて共に再建にのりだしたのが私たち、採用学研究所です。このB社とアライアンスを組んで、提案内容を一緒に構築して、X社とともに再建を進めました。
我々はどんなことをやっていったのか。最初に提案したベンダーA社のアプローチでは、たくさんの学生を呼び込めたんだけれども、たくさん辞退が出てしまった。まず我々は、このプロセスで何が起こったのかを解明することからはじめました。そのために、はじめに仮説を立て、その仮説を検証していくという形で、コンサルティングを進めていきました。
3つの観点を軸に、なぜ内定辞退が増えたかを検証する
仮説を構築する上で、3つの観点でX社の採用を捉えていきました。1つ目は、人事担当者へのヒアリングで得た「ファクト」。2つ目は、採用学研究所が採用コンサルと学生へのアンケートを分析して蓄積している「データ」。そして社会科学における先行研究、「セオリー」です。
はじめに、X社の人事担当者からヒアリングした「ファクト」の部分についてです。情報を整理するとこのようになります。
FACT1.辞退した学生の多くは、別の人気業種に流れていた
まず、X社の内定を辞退した学生の入社先というのがさまざまだったということが分かりました。金融・商社・メーカーという、いわゆる「人気業種」にたくさん流れていきました。さらには、同業者である食品メーカーに入社した辞退者というのは、昨年より減っていました。
FACT2.面接の評価が高かった学生ほど、辞退している
次に分かったのが、面接の評価が高かった学生ほど、辞退しているということです。人事担当者も役員も高く評価した学生ほど、採用できていなかったのです。
FACT3.エントリーを行うのが非常に簡単だった
エントリーシートには「志望動機」と「自己PR」、そして「学生時代に力を入れたこと」について、3行程度の空欄に文字数制限なくWEB入力させる形式でした。容易に書けてしまう量なんですね。つまり、簡単にエントリーできる状況でした。
FACT4.社員接触の機会が少なかった
グループディスカッションは30分くらいで8名1グループの構成で実施。1グループあたりの人数も若干多い感じですね。「これからの社会において重要なもの」というやや抽象度の高いテーマでディスカッションをさせて、そこで3分の1を不合格にしていました。面接は1回20分で、初回が学生3人と面接官1人。最終面接が、面接官2人と学生1人。面接以外に社員接触の機会はない状態でした。
FACT5.採用キャッチの抽象度が高かった
採用キャッチは、「未来社会の創造」でした。「ソリューション力」の資質傾向のある学生に訴求したいということで、社会課題を踏まえつつ、かなり抽象度の高いキーワードをプッシュして、イメージでプロモーションを展開していったようです。具体的に商品の理解を進めたりとか、業界理解をさせたりということは特にしていなかったという状態でした。
採用学研究所が蓄積してきたデータから、辞退の原因を探る
次に、これらのFACTに対して、仮説を構築していくうえで論拠としたものについてお話していきます。この事例に対して参照した、採用学研究所の保有するエビデンスについて、いくつかご紹介します。
DATA1.業界が多岐に渡る学生ほど、初期の志望企業と入社予定先が異なる確率が高い
X社の辞退者もこのパターンだったのではないかと考えました。つまり、多くの企業を受験する中で、「第一希望」が次々と変わっていくパターンですね。
DATA2.論理的思考や状況適応性、人当たりが良い学生ほど内定取得数が高い
論理的に考えることができて、状況に応じて臨機応変に対応し、対人配慮もしっかりする。こういった学生はどこの企業でもウケがいいですよね。そうすると内定を沢山獲得する確率も高くなる。反対に言えば、たくさん内定をもらうので、この傾向の学生ほど辞退しやすい。
DATA3.エントリーハードルの低さは、受験意欲を高める一方で入社意欲に影響はない
ESの記述量が少ないなど、すぐにエントリーできる採用は受験意欲は高められる。一方で、入社意欲には影響しないんです。むしろネガティブな影響を与えてしまいます。「受けたい」と「入りたい」は別のモチベーションということです。
DATA4.近年の傾向として、学生の業務内容に対する理解度が低い傾向がある
近年、学生の業務理解度が低いということが傾向として挙げられます。企業規模や業界ランク、給与などの「スペック」で受験を行うために、業務内容を深く理解することが出来ないのかもしれません。
DATA5.企業理解の高い学生ほど、企業に対してポジティブな印象を持つ
仕事内容や職場環境など、ちゃんと企業のことを理解している学生は、その企業に対して良い印象を持つということですね。
DATA6.業務理解の高さは、選考回数や、社員接触機会数の影響を受ける
就活において学生が閲覧できるWEB情報は非常に豊富でしょう。しかし、学生がその情報を閲覧する動機を作れていないと、業務理解は進まないわけです。むしろ、志望理由が深堀りされる面接や、仕事の話をする社員接触の機会を多く作ることで、より業務への理解が深まる傾向があります。
採用とマーケティングに関わる理論を参考に、仮説を固める
採用に関わる理論やマーケティングに関わるセオリーも、仮説を作るうえで参考にしました。実際は、逐一このように明示して参照しているわけではありませんが、当時の考察を辿ってみると、これらの理論を前提に思考していたと思います。参考にした理論を幾つか抜粋して紹介します。
※上記画像のグレー部分は、理論を踏まえたX社に対する仮説です。
例えば、RJP(Realistic Job Preview)です。企業の働く現場をちゃんと見せずに、イメージだけでその企業を理解してしまうと、「こんなはずじゃなかった」と入ったあとにショックが大きくなってしまう。反対に、この「RJP」を展開することにより、入社時の幻滅を防いだり、自己選択を促したり、印象を改善するなどの効果があると言われています。
他には、採用プロセスに関する研究ですね。入社の意思決定に関しては、職務内容、組織特性、採用プロセスが関係するという理論です。採用プロセスに関しては、求職者が納得する採用プロセスであるかどうかが、重要であると言われています。
また、マーケティングの理論は、採用プロセスを考察する上で非常に参考にします。例えば、学生を顧客として置き換えた場合に、彼らがどのような欲求を以て企業を受験しに来ているのかとか、選考を通して企業に対して認識したブランドや価値はどのようなものであるのかとか。戦略を構築するうえで有用な理論たちです。
3つの観点から導き出された、内々定辞退率増加の理由
こうした観点から我々は、X社の採用には「辞退リスクの高い母集団」「職務・企業情報の理解停滞」「入社意欲醸成の停滞」といった問題があるのではないかという仮説を立てました。
X社の場合は、①選考のボリュームが時間も回数も少ない上に、スクリーニングの質に対しても疑問があるため、「採用プロセス」に対して納得度が低いのではないか。②そして、そのようなボリュームの少ない採用プロセスに加えて、ブランドイメージを全面的にプッシュした結果、業務理解を停滞させたのではないか。③さらに、選考参加を容易にした結果、「ひとまず内々定が欲しい」受験者で母集団が構成されてしまったのではないか。こうした仮説を立てたわけです。
そこで我々は、この仮説を検証するために、X社の内定承諾者、辞退者、選考離脱者に対して、アンケート調査を行っていきました。
(次回へ続きます)
【編集部より】
採用学4周年記念セミナー・神谷俊氏講演記事、続編はこちら。
「採用学」に関する、この他の記事はこちら。
- 「母集団って本当に必要? 採用成功の鍵は、シンプルにそぎ落とすこと」(杉浦二郎氏講演・前編)
- 書類選考、面接、一切なし!「即、採用コース」はなぜ成功したのか(杉浦二郎氏講演・後編)
- 「採用学」服部泰宏氏が語る、データ分析を活用するための2つの条件(横国大・服部准教授講演)
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