特集

採用学4周年記念セミナー・神谷俊氏講演vol.1


食品会社Xはなぜ採用に注力し始めたのか? アクターネットワーク論でそのメカニズムを捉える

2017.12.04

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「人手不足」「事業拡大」「組織活性化」など、採用を行う理由は、企業によってさまざまです。どのようなときに採用が必要となり、そして、どんな理由で成功・失敗するのか? 今回は、「採用学4周年記念セミナー(株式会社ビジネスリサーチラボ運営)」から、採用学研究所研究員・神谷俊氏の講演を3回にわたってご紹介します。

第1回は、X社が採用への注力を決めた背景についてのエピソードを掲載し、次回以降は実際の採用施策の展開についてのお話を掲載してまいります。

神谷俊(かみや・しゅん)

syunkamiya01株式会社ビジネスリサーチラボ コンサルタント
採用学研究所 研究員
株式会社エスノグラファー 代表取締役

経営学修士。採用学研究所にて調査・研究を推進する一方、多様な組織に在籍し、独自のキャリアを展開。株式会社エスノグラファー代表取締役、株式会社ビジネスリサーチラボ研究員、面白法人カヤック「社外」人事など兼務。幅広い領域を越境しながら地域・組織などのコンサルティングを手掛ける。

人事活動はバトルフィールドで行われる

今回は事例報告として、X社という企業の事例を紹介します。まずは、この事例報告の位置づけをご紹介したいと思います。

このイベントの運営側で最初に「これをやればいい」というようなセミナーにはしたくない、という話をしたんですね。「採用」ってそんなにシンプルには片付かない。ご存知のように、さまざまな利害関係のなかで推進されるものです。長岡健教授の言葉を借りるなら「バトルフィールドで行われるものだ」と。

稟議1本通すのだって大変ですよね。あるいは予算を引きあげるのだってすごく大変。さまざまな事情や制約がそこには介在しています。そうした中で、採用活動を展開し、成功に導かなければならない。そういった「複雑性」も踏まえながら、事例についてお話ができるといいなと思っています。

今回の事例報告について、伊達さん(採用学研究所・所長)のほうから「この事例をアクターネットワーク論的に話してほしいんですよ」というリクエストがありました。まさに、先に述べた利害関係や多様な要素を提示しつつ、説明を展開していくということですね。


※アクターネットワーク理論
ある社会集団や文化を分析する際に、それをさまざまなアクター(行為者)が構成するネットワークであるという観点から分析する理論。社会学者・ブルーノ・ラトゥールが提唱。

企業活動というものを俯瞰して、さまざまな影響要因に触れながら、全体を捉える「鳥の目」と、コンサルタントとして何をしたのかという「虫の目」の部分を合わせてお話ができればいいなと思っています。

食品会社Xの概要

 X社のケースについてお話をさせていただく前に、まずは最初にX社はどういう企業なのかについてお話します。これから、やや詳細にX社の話をしていきます。皆様にとっては背景に過ぎないことかもしれませんが、X社の採用を展開するうえでは非常に重要なポイントになるのでしばらくお付き合いください。

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 X社は、従業員は800名程度の東京の企業です。WX社が資本を100%出資しており、子会社という位置づけです。そして役員の半数は親会社WX社出身ということで、親会社の影響力が強い企業です。

事業内容は菓子・ヘルスケア事業というのをメインにやっています。バランス栄養食品、コンビニでよくみるゼリー飲料ですとか、そういった類のものを製造・販売している会社です。最近、「製品A」という大ヒット商品が巷をにぎわせました。この「製品A」を巡っていろいろな問題が生まれるわけですが、それは後ほど説明します。

採用に関しては、中途で年間20名くらい採用していて、新卒採用で、35名を採用しています。新卒者は、事務職と呼ばれる「マーケティング」や「営業」の部門に配属される方が25名、生産や開発に配属される方が10名ですね。 

これがX社の概要です。なんとなく企業規模や親会社との関係を把握していただけましたでしょうか。

「アクターネットワーク論」的にX社の状況を整理する

さて、まずイントロダクションとして、当時X社が直面していた状況というのを整理していきたいと思います。

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こちらのスライド(上図)は、X社と外部の関係を表したものです。スライドの真ん中にX社があります。X社の中には営業部門・生産部門・製品開発とマーケティングという部門があります。 そして、左側に親会社のWX社があります。

さらに右側に消費者を取り巻く外部環境の構図があります。当時は世の中のメディアの影響で「健康志向」がとても高まっていて、ヘルスケア食品の人気が高まっていました。「機能的で効率的な食」みたいなものが、ブームになってきていたんですね。

 その時代背景の中で、X社のリリースした製品Aが爆発的にヒットしました。このときX社に何が起こったのか。

まず、親会社であるWX社の株価が上がります。そして、WX社の経営陣からX社の経営陣に、「次の新製品を作ってくれ」というミッションがおりてきたんですね。このような力関係の中に、X社はいたのだということを、前提としてご認識ください。

製品Aの爆発的ヒットで、食品会社Xの社内に何が起きたのか

そしてもう一層、組織の深い部分のお話です。この製品Aのヒットによって、X社内部でどのようなことが起こっていたのか。

まず、営業部門でイレギュラーが発生します。こちらのスライド(下図)の上の部分ですね。営業部門では、「製品A」の販売を強化していきました。その結果、「製品A」の発注量は増え、その対応に注力していきます。

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今までX社は、ドラッグストアやコンビニなどに営業担当が訪問し、マーチャンダイジング※を丁寧に行っていました。


※マーチャンダイジング (merchandising)
消費者の欲求・要求に適う商品を、適切な数量、適切な価格、適切なタイミング等で提供するための企業活動のこと。商品政策。

たとえば、「このようなポップを作るといいんじゃないか」とか「こうした棚割りにするといいんじゃないか」という、セールスのコンサルティングですね。

しかし、営業部門が多忙化したため、そういったことを行うことができなくなってしまった。結果として、店舗との関わりが弱まっていったので、店舗側から「こういう商品が売れます」といったリクエストがキャッチアップできずに、新企画の推進が停滞していきました。ソリューション営業が、商品販売に専心していってしまったんですね。

製品Aのヒットが、離職増加を招いた

次に生産部門ですね。生産部門ではどんなことが起こっていたか。

営業部門が製品Aの受注拡大の動きを見せたものですから、生産は大変です。イレギュラーな発注が増加して、生産ラインをどんどん増やさなくてはいけなくなってしまった。

そうすると、生産ラインでトラブルが起こる。管理者はそれに対応するようになるので「プレイングマネージャー」になっていくんですね。マネージャーが、マネジメントに集中できなくなってしまうという現象が発生します。

そうすると全体のバランスが崩れていく。工場の中で働いているパートやアルバイトの人との関係が悪くなっていったりして、不良率は高まり、徐々に生産性は低下していく。

その中で、社員のモチベーションが停滞していったんです。離職者も増加し、そして人手不足が悪化する。そういう悪循環が巻き起こりました。

 時間軸にズレが生じ、経営と営業に不和が生じる

一方その頃、X社の経営陣は、親会社であるWX社からの「新商品のリリースをしてほしい」というミッションに頭を悩ませていたんです。

「製品A」の対応で問題を抱える営業・生産部門と、次の商品を開発しなければいけないマーケティング・製品開発部門。それぞれのセクションの利害構造が複雑に絡み、X社内が混乱していきます。

ヒット商品が生まれたことで、生産基盤の脆弱さが露呈してしまったX社。ここで、経営陣は現場の教育施策の強化や設備の増強と並行して、人員増強を決定します。

今後、持続的に商品開発を進めるうえで基盤となる人員の補充を重視したんですね。X社に適応する人材をしっかり獲得していこうということで、採用強化の方向性が生まれてきました。

採用を注力するに至った背景についてここまでお話しました。「採用をいかに進めるか?」の前に「なぜ採用を行う必要があるのか?」をしっかり捉えるために、ストーリーを説明しました。ここからは、採用の話をしていきたいと思います。

次回へ続きます

【編集部より】
採用学4周年記念セミナー・神谷俊氏講演記事、続編はこちら。

「採用学」に関する、この他の記事はこちら。

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