国内人事コラム
元新聞記者が語る、裁量労働制の実態と問題点
2017.11.21
「働き方改革」の推進が各所で叫ばれる中、裁量労働制という働き方が注目を集めています。現在は、特定の職種にのみ適用されているこの働き方ですが、今後の国会では、適用範囲を拡大する法改正も検討されています。今回は、実際に裁量労働制で働いていた元新聞記者の方に、制度の概要と実体験として感じた問題点をコラムとして寄せていただきました。自社で裁量労働制の採用を検討する際に、知っておきたいリアルな実態です。
過酷死報道をする記者の労働時間が、過労死ラインを超えている
最近まで、新聞記者をしていた。過酷な仕事である。どんなに夜中であっても鳴る携帯電話に出なければならず、事件が起これば現場や警察関係者を「夜討ち朝駆け」と称して回り、朝から晩まで周囲で張り込みや聞き込みをし、毎日その日の原稿の〆切に追われる。
私が担当していた地域は大きな事件が多くなかったため比較的マシな方ではあったが、殺人事件などの凶悪事件が多い首都圏に配属になった同期の仲間は、残業時間が毎月ゆうに過労死ラインの100時間を超えていたようだ。上司との飲み会ではいかに過酷な働き方をくぐり抜けてきたかの経験が勲章のように語られ、同期の間ではいつしか残業時間の長さが自慢話のようになっていた。
毎月固定の残業代は、長時間労働の温床にもなる
世間知らずの新卒生が新聞社に入ってから知ったのが、「裁量労働制」という働き方だ。新聞記者として働く中で、私がこの制度について理解していたのは「残業代が予め固定額で決まっていて、残業時間に関わらず毎月同じ額の残業代が振り込まれる」ということだった。極端にいえば、どれだけ多く残業しても、毎日定時で帰っていても、同じ額の残業代がもらえるのである。
だったらいかに楽をするかという方向に流れそうなものだが、常に締め切りという名の納期を抱え、突発的な出動を求められる報道の現場では、この制度が記者の無茶な長時間労働の温床になっていると肌で感じていた。最近でも記者の過労死が報道で問題となったが、筆者のいた現場でも、かつて優秀な敏腕事件記者だった先輩が後遺症の残るほどの病に倒れていた。報道に出ているマスコミの過労問題は氷山の一角だろう。
裁量労働制ってそもそも何のためにあるの?
いわば残業という概念が存在しない裁量労働制だが、どういった根拠で制度が認められているのだろうか?
厚生労働省所管の独立行政法人労働政策研究・研修機構によると「労働時間の長さではなく、労働の質や成果によって評価を行うことを認めるべきであることを根拠に挙げる見解が有力」だという。この説を信じればつまり、本来は「長時間働いてるだけの人より、効率よく短時間で仕事が終わる人を評価しようよ!」という趣旨であり、長時間だらだら残業をしている人と、残業せずに効率よく仕事を終えた人に同じだけの賃金を与えよう、という制度ということになる。
対象は「労働者に大きな裁量を与える必要がある職種」に限る
裁量労働制の対象になる職種は「業務上、労働者に大きな裁量を与える必要がある職種」に限られている。対象となるのは、厚生労働省が定める以下の19の職種と、経営の中枢で企画立案業などをする労働者だ。
(1)研究者(2)情報処理システムの分析・設計、(3)新聞・出版・テレビ・ラジオの記者や編集者(4)デザイナー(服、商品、インテリア、広告などの考案)、(5)番組・映画プロデューサー・ディレクター、(6)コピーライター(7)システムコンサルタント(8)インテリアコーディネーター(9)ゲーム開発者(10)証券アナリスト(11)金融商品開発業(12)大学教授(13)公認会計士(14)弁護士(15)建築士(16)不動産鑑定士(17)弁理士(18)税理士(19)中小企業診断士
(それぞれの職種で厳密に適用条件が定められており、同じ業種内・会社内でも例外となる職種も多い。詳しくは東京労働局労働基準監督署の資料を参照)
上記の職種に当てはまった時点で自動的に裁量労働制が適用されるわけではなく、適用するには会社と労働者との合意「労使協定」が必要となる。
さらに労働基準法では、会社側は、裁量労働制の労働者に「業務遂行の手段や方法、時間配分等に関し労働者に具体的な指示をしない」ことが適用要件として明記されている。自分で自由な時間配分を設定でき、業務の実行方法の裁量が与えられ、会社に具体的な指図もされない——。法律上のその言葉だけを見れば、労働者側に有利な制度にも見える。
「時間に縛られない」「柔軟な働き方」の言葉のウラに
一方で裁量労働制の労働実態が制度の趣旨通りに行われているかといえば、その逆の作用が働いている現場も多いのではないだろうか。筆者の会社では、「効率よく仕事が終わる」優秀な人間ほど現場で重宝され、余った時間で別の新しい仕事を任され、仕事が集中していた。
新聞社が今後ますます縮小産業になり、人件費を抑制していく過程で、一人の記者が抱える仕事量は増加し、ますますこの傾向は強まる可能性が高い。そうすると「残業代は固定なのに、いくらでも残業してくれる」社員ができあがる。電通社員の過労死が問題になったように、他の職種でも、裁量労働制を温床にした同じような長時間労働問題が起きているのではないだろうか。
政府は「働き方改革」の議論の中で、裁量労働制の職種を営業職に拡大することを検討している。現在、改革案の中では比較的議論の少ない「裁量労働制」の問題だが、既にこの働き方を採用している現場で何が起きているかをふまえた上での改正・適用の議論が必要ではないだろうか。
【編集部より】
裁量労働制に関する、この他の記事はこちら。
- 裁量労働制に「無効」判断 企業が取るべき対応は?(労働基準監督署と社会保険労務士に聞く)
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