城繫幸、ニュースを斬る
人事が直面する、改正労働契約法「2018年問題」 雇用環境はこう変わる
2017.11.24
著作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』『7割は課長にさえなれません』の中で、現在の日本の雇用環境をいち早く予測していた城繫幸氏。今回は、企業人事を待ち受ける「2018年問題」を皮切りに、これからの日本で起きる雇用と労働の問題について、独自の視点で予測します。
2018年を前に「雇い止め」をはじめた自動車大手各社
2013年施行の改正労働契約法により、非正社員が同じ会社で通算5年を超えて働いた場合、本人が希望すれば有期雇用を無期雇用に転換できる「5年ルール」が導入された。このルールで重要なのは、当該社員からの希望があった場合、企業側はこれを拒むことができないという点だ。景気に波がある以上、企業には雇用調整が必要になることがあるが、「無期雇用を義務付ける」というこの法改正は、そうした現実を無視したものとして企業側からは批判があがっていた。
そして2017年現在、「無期雇用転換」のリミットである5年後はいよいよ来年に迫ってきており、企業人事の一部は、この雇用転換を「2018年問題」と称し対策をはじめている。早速、先月のはじめには自動車大手各社が期間従業員の雇い止めで無期雇用を回避しているとの報道も出た。
【参考】車大手、期間従業員の無期雇用を回避 法改正、骨抜きに(朝日新聞)
「今は円安で自動車各社は好業績なのだから正社員にすることもできるはずだ」と考える人もいるかもしれない。実際、筆者もそれだけの余裕は大手輸出企業にはあると考える。だが、たとえ今は余裕があったとしても、5年先10年先は何の保証もない。保証がない以上は先手を打ってリスクの芽を摘んでおくしかない、というのが企業側の発想となる。
「クーリング期間」は企業にとっても有期雇用者にとっても迷惑
この法改正には、企業が有期雇用を続けるための「抜け道」が用意されているが、そのことが問題をより深刻化させる。抜け道とは、「契約終了後から再雇用までの空白期間が6カ月以上あると、それ以前の契約期間はリセットされ、通算されない」とするクーリング期間のことだ。
この制度によって、無期雇用を避けて有期雇用を続けたい企業は、期間従業員の雇用期間が5年に近づくと雇止めを行い、同じ期間従業員を雇う場合は6ヵ月後に再雇用することになる。
悪いのは、経済という生ものを「規制でがんじがらめにしてしまえば思うようにコントロールできるに違いない」と考えた人間の方だ。「有期雇用を続けたい場合は、5年ごとにクーリング期間として6ヶ月離職させねばならない」という今回のルール変更は、たとえそれが善意から出たものだったにせよ、企業にとっても労働者にとっても、迷惑なものになるだろう。
同様の問題は、2015年の派遣法改正によっても引き起こされるはずだ。改正派遣法でも、やはり3年を経過すれば派遣先が直接雇用に切り替えるか、派遣元が無期雇用にする等の措置を講ずることが義務付けられたため、企業はその3年が来る前に雇止めを行う可能性が高い。その結果として、専門26業務を含むほとんどの派遣労働者は3年ごとに職場を変えねばならなくなるだろう。無期雇用に転換すれば3年を超えて働くことは可能だが、派遣元の企業が、すべての派遣労働者を無期雇用するとは考えがたい。
また、派遣労働者も上記の5年ルール対象となるため、派遣会社との有期雇用契約期間が5年に迫れば、今度は派遣会社による労働者の雇い止めが発生する。つまり、今回の法改正により、これから非正規雇用労働者は数年ごとに職場や雇用契約を結ぶ相手を変えねばならず、不安定化に拍車がかかる可能性が高いということだ。
改正ルールの適用で、非正社員と正社員との格差は拡大する
非正規雇用者が数年で職場から離れる可能性が高い以上、一般的な企業では、正社員には付加価値の高いコアな業務を割り振り、3年や5年といった雇用期間の短い非正規雇用には「誰でも出来ていつでも置き換え可能な付加価値の低い仕事」を与えるという変化が起きるはずだ。一面的には良いことのように思われるが、実はこのことが、非正規社員と正社員との賃金格差をさらに広げる危険性をはらんでいる。
現在、政府は働き方改革の一環として、正社員と非正規雇用労働者の間で(同じ仕事をしていれば同じ時給を払うことを義務付ける)同一労働同一賃金の実現を掲げているが、一連の非正規雇用の不安定化措置により、そもそも正社員と非正規雇用労働者が同じ仕事をする機会がほとんど消滅すると筆者は考える。つまり、「正社員は契約社員や派遣さんの3倍貰っているけど、そもそも彼らとはやっている仕事のレベルが違うから」と労使に主張されたら、それでアウトということだ。
フォローしておくと、筆者は現在の正社員と非正規雇用労働者の格差をそのまま放置しろと言っているわけではない。実際、OECDやILO、IMFといった国際機関からも、日本の労働市場の二重性はたびたび是正勧告を出されているほどひどいものだ(なぜかメディアで報じられることはないが)。
非正社員だけが「雇用調整のツール」として使われている
ただし、これまで日本が行ってきた是正のアプローチは、上記のように完全に誤ったものであるのも事実だ。正社員と非正規雇用労働者の賃金格差は、“5年ルール”や“3年ルール”といった上限のせいで期間の短い細切れの業務しか任されないことが最大の原因であり、非正社員の雇用が不安定である問題は、正社員の保護が強すぎ、非正社員だけが雇用調整のツールとして使われているからこそ生じている。
正しいアプローチとしては、派遣や有期雇用の上限を撤廃し、合わせて正社員に対する解雇規制も緩和して、同一労働同一賃金の下地を地道に作り上げていく以外にはない。たとえば解雇のコストが下がれば、企業は派遣会社を使うメリットはなくなるため、一定期間経過後は直接雇用を選ぶだろう。直接雇用のための人件費は、企業がこれまで派遣会社に払っていた手数料を回せば良い。
こうした環境が整えば、雇用形態によらず、優秀者にはどんどん付加価値の高い仕事が任され、幹部候補へのキャリアパスも開かれることになる。リーマンショックのような不況時には誰かが解雇されるのはやむを得ないが、それはこれまでのように非正社員に集中せずに、一定の公正さを持って決められることになる。実際に、OECDなどは日本を名指しした上で、解雇規制の緩和を求めている。
【参考】Japan could do more to help young people find stable jobs(OECD)
「2018年問題」の先にある、日本の深刻な社会問題
日本では、中途半端な形で規制緩和が行われた結果として、正社員でもプロフェッショナルのフリーランスでもない存在が、ここ10年で大量に生み出された。このままいけば、あと10年もすれば「付加価値の低い業務の経験しかなく、資産を持たず年金も基礎年金しかない60代の存在」が深刻な社会問題となるだろう。残念なことではあるが、もし実際にそうなってしまったなら、彼らを生み出したのは強欲な資本主義でもグローバリゼーションでもなく、展望を持たず決定を下してきた政治家と官僚だということは、最後に明記しておこう。
執筆者紹介
城繁幸(じょう・しげゆき)(人事コンサルタント・作家) 1973年生まれ。東京大学法学部卒。富士通を経て2004年独立。06年よりJoe’sLabo代表を務める。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社)、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』(筑摩書房)、『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』(PHP研究所)など。
@人事では『人事がラクに成果を出せるお役立ち資料』を揃えています。
@人事では、会員限定のお役立ち資料を無料で公開しています。
特に人事の皆さんに好評な人気資料は下記の通りです。
下記のボタンをクリックすると、人事がラクに成果を出すための資料が無料で手に入ります。
今、人事の皆さんに
支持されているお役立ち資料
@人事は、「業務を改善・効率化する法人向けサービス紹介」を通じて日本の人事を応援しています。採用、勤怠管理、研修、社員教育、法務、経理、物品経理 etc…
人事のお仕事で何かお困りごとがあれば、ぜひ私達に応援させてください。
「何か業務改善サービスを導入したいけど、今どんなサービスがあるのだろう?」
「自分たちに一番合っているサービスを探したいけど、どうしたらいいんだろう?」
そんな方は、下記のボタンを
クリックしてみてください。
サービスの利用は無料です。
関連記事
-
コラム企画
社労士による「無期転換ルール」詳細解説 vol.1
【2018年問題】4月から対応が必要に! 無期転換ルールのポイントを解説
2013年4月1日施行の労働契約法第18条で定められた「無期転換ルール」。早ければ2018年4月から、このルールへの対応を求められる企業が出てきます。働き方が多様化している現在、企...
2018.04.02
-
企画
人事が知っておきたい知識を解説
2018年版 人事・総務に関する制度・法改正一覧
2018年もさまざまな制度改正が予定されている。2017年12月22日に閣議決定された税制改正大綱では、企業の生産性向上にまつわる内容が多く盛り込まれた。この記事では、人事・総務担...
2017.12.30
-
企画
一般社団法人企業福祉・共済総合研究所 秋谷貴洋氏に聞く
人事担当者が知っておくべき、福利厚生制度の潮流2017
人事担当者には、法改正や政府の動きなどの外部環境も理解したうえで、自社に合った福利厚生制度や施策を設計する力がますます求められている。そこで今回は、福利厚生制度の最新動向と、人事担...
2017.06.26
-
コラムニュース・トレンド
企業とシニア求職者のミスマッチをひもとく 第3回
シニア人材の活躍事例――これまでの人生経験を生かす
シニア層の活躍: 未経験業界への挑戦第1回は、シニア層の就業実態および意識をシニア個人と企業双方の視点からお伝えし、第2回では、積み重ねたキャリアで得たスキルや専門性を生かして生き...
2023.08.25
-
コラムニュース・トレンド
企業とシニア求職者のミスマッチをひもとく 第2回
シニア人材の活躍事例――これまでのキャリア・専門性を生かす
シニア人材の採用と活躍:スキルと経験を生かす方法第1回では、リクルートの調査研究機関『ジョブズリサーチセンター』が実施した「シニア層の就業実態・意識調査(個人編・企業編)」をもとに...
2023.08.18
-
コラムニュース・トレンド
「人的資本経営」の実践のポイント 第4回
人的資本経営の実践に向けて――マネジャーのリスキリング
人的資本経営の実践の要となるミドルマネジャーの「リスキリング」に注目本連載では、人的資本経営の実践のポイントとして、「人的資本の情報開示」「人事部の役割変化」「ミドルマネジメントの...
2023.08.10
あわせて読みたい
あわせて読みたい
人気の記事
国内・海外ヘッドライン
THE SELECTION
-
PRTHE SELECTION企画
「置き型健康社食」がもたらす可能性とは
健康経営、採用強化、コミュニケーション活性化にも。 手軽に導入できる「食」の福利厚生
-
PRTHE SELECTION企画
街なかの証明写真機「Ki-Re-i(キレイ)」で、もっと社員の顔写真管理をラクに
社員証の写真、「最適化」できていますか? チーム力を強化する顔写真データ活用法とは
-
THE SELECTION特集
【特集】ChatGPT等の生成AIが一般化する社会で必須の人材戦略・人的資本経営の方法論
-
THE SELECTION企画
レポートまとめ
@人事主催セミナー「人事の学び舎」 人事・総務担当者が“今求める”ノウハウやナレッジを提供
-
THE SELECTION特集
特集「人手不足業界の逆襲」~外食産業編~
「見える化」と「属人化」の組み合わせが鍵。 丸亀製麺が外食業界を変える日
-
THE SELECTION特集
人事のキーパーソン2人が@人事読者の「組織改革」の疑問に答えます(第2弾)
数値化できない部署を無理に人事評価する方が問題。曽和利光×北野唯我対談
-
THE SELECTION会員限定特集
働きやすい職場づくり~サイバーエージェント編
「妊活支援」や 「働くママ・パパ支援」を、 一部の社員のものにしないためには?