人事・総務の悩みを専門家に聞く
「社員が認知症かも?」その兆候と疑いのある社員への対処法
2017.11.02
社会構造や働き方の変化によるストレスからか、若年性認知症が社会問題のひとつとしてクローズアップされて久しい。
実際には、人口10万人当たりの患者数は47.6人(2009年厚生労働省の調査結果)という非常に稀な疾患ではあるが、ひとたび発症すれば本人含め所属する企業やその家族、果ては医療費問題など多くの問題に直結するテーマである。
若いからといって見過ごされがちなこの「若年性認知症」。そもそもどのような症状があるのか。もし社員が当事者になってしまった場合、上司や人事はどのように対処すべきなのか。
公益社団法人大阪介護老人保健施設協会会長であり、地域医療とその制度改革に力を注ぐ川合秀治氏にお話を伺った(取材:2017年9月)。
若年性認知症とは?
――あらためて若年性認知症について教えてください。
若年性でも高齢者でも、認知症という点では症状は同じです。高齢者は65歳以上、という定義ですから、若年性認知症とは65歳未満で、かつ若くても発症の可能性がある、というものになります。多いのは40台後半からですが、もっと若い症例もあります。
通常の高齢者であれ若年性であれ、認知症の正体は、いわゆる病気と呼ばれる臓器の機能不全や炎症とは違い、「老化」が最大の原因です。なので、誰でも年を取れば、認知症になる可能性がどんどん高まるし、若くして老化が始まる人もあり、避けられないものなのです。
学問的には「アミロイドβ、タウ蛋白が蓄積したから」などという判断基準はありますが、これらの物質がアルツハイマー型老人性認知症と関係するのでは、と言われ始めたのはつい最近の西暦2000年あたりからです。実は老化指標蛋白の分類にこの2つは含まれていて、最近は高齢化によって自然に増える物質の1つであるという考えになってきました。なので、「この2つの物質が増えている=認知症」ではない、という認識になってきています。
認知症を病気としてとらえるのか、老化による“状態“としてとらえるのか、というテーマを私は持っています。
“病気”というカテゴリでとらえるならば、それは適切な治療によって治癒する(元の状態に戻る)ことが前提となるはずですが、認知症というのは実は不可逆的進行を遂げるものであるため、残念ながら完全治癒は現代の医学ではまだ望めません。
若年性の場合、いわゆる認知症の「中核症状」(物忘れ、理性的判断、今までできていたことが出来なくなるなど)と、この中核症状を周囲が拒絶することで本人に不安が高まり発生する可能性が高い「周辺症状」(物盗られ妄想、幻覚、うつ、暴言・暴力、徘徊など)が認められますが、若年性についてはまずこの「中核症状」が顕著化し、「周辺症状」は強く出てこない例が多いようです。
見逃してはならない兆候
――どのような兆候があるのでしょうか
たとえば、
・今まで普通にこなしていた事が急にできなくなった
・得意な作業でミスが目立つようになった
・大事な用事をたびたび忘れる
というような、ルーチンワークが出来なくなってしまう、という状態が最初に見えてくる症状です。
これらの変化は、周囲が気付く以外に方法がありません。
ただ、これが部下の所業であれば上司も時に叱るなどして指導ができ、周囲も気づきやすくなりますが、逆に上司の場合だと(周囲に認識があっても)誰も指摘できず、単に出来の悪い上司として片づけられ、症状が悪化していくという最悪のケースもありえます。
この場合は、さらにその上司なり経営層なりが目を光らせ、気になるところがあれば直接本人に確認する、またはその家族に連絡を取るなどのアクションが必要になるでしょう。
――しかし、本人にはその自覚がないのでは?
いえ、ほとんどの場合、何らかの自覚はあります。しかし、ここで問題なのは、いずれの場合も本人がなかなか認めたがらない、という点です。
仮に本人に強い自覚があったとしても、「そんなはずはない、たまたま疲れていただけ」と自分を納得させ、もし周囲から指摘があっても、つじつま合わせの返答ができてしまいます。
「軽度認知症」の場合、このように一見正常な受け答えができてしまうのですが、本人にとっては多大なストレスになり、徐々に鬱に近い症状が出現してしまいます。ここで、鬱との正確な区別をつけるには、MRI等による形態学的検査も方法論としてあります。
医学的な話になりますが、ここで前頭葉の萎縮が認められれば、それは認知症である可能性が高いといえるし、ある程度リハビリで改善が望めるかもしれませんが、基本的には「不可逆性」であり、完治することは(現代医学では)難しい。
見逃していけないのは、「ありえない失敗」が目立つようになってきた段階で放置しないこと。ここで本人の「ごまかし」に応じ、そのまま過ごしてしまうと本当の認知症であれ鬱であれ、悪化の一途となってしまいます。
――では、職場でそうした傾向の出ている方がいた場合、どのような対応が望ましいでしょうか。
これは本人に問い正す前に、本人の家族(同居の両親、兄弟、配偶者)とコンタクトをとり、普段の様子を聞くことからスタートしたいですね。
そのうえで、病院での受診は、本人ではなくそのご家族が最初に訪れるとよいでしょう。
いずれ本人にももちろん受診してもらいますが、事前に症状などを事細かく医師へ伝え、ある程度予測をつけておき、その情報をもって本人を説得し、あらためて受診し検査を受けてもらうほうがスムーズです。この後は、担当医師に治療法含め判断をまかせる他ありません。
認知症と診断されたら
――治療法は、どのように選択するのが良いでしょうか。
これはもう、信用できる担当医の指示に従うのみとなりますね。信頼に足る医師かどうかの見極めもある程度必要ですが、通常はそのような判断は難しいので、場合によっては他の病院でセカンドオピニオンを求めるのも一つの手となるでしょう。
本人も含め、よくよく担当医と話し合い、適切な治療方法を探っていくほかに道がありません。そして、治療に専念することも必要だということを理解しておいてほしいです。
投薬やリハビリで進行をある程度遅らせることもできますし、若年性の場合は実は他に原因がある場合も非常に多いのです。
認知症症状は、他の「原疾患」によるものかもしれない
――他の原因とは、具体的にどのようのものがあるのでしょうか。
症状が若年期に顕著化する場合、得てして「既往症・併発疾患」を持っていることが非常に多いことが分かっています。もともと甲状腺機能低下や脳梗塞、高血圧、重度の糖尿病、正常圧水頭症などの基礎疾患があることで、全身、特に脳内での血流に問題があり、表面的に認知症のような症状が出現する場合が多々あります。
つまり、この「原疾患」を改善することで、認知症のような症状が軽減される可能性は非常に高いのです。
高齢化によるものであれば、この原疾患と認知症の両方が要因になることがほとんどともいえますが、若年性の場合は既往症が原因となっているケースが非常に多いので、認知症のような症状が出たからといって慌てず、ご家族も含めすぐに病院にかかり、原因を探ることが何より重要です。その原疾患そのものを放置することのほうが直接命に関わりますから、認知症よりもよほど怖いことだともいえますね。
周囲の対応方法で悪化も改善もする
――いずれにしても、家族を含め周囲はどのように接すればよいのでしょう。
とにかく強く叱る、きつく当たる、無視するなどは絶対にやめてほしいです。
適切な機関で、適切な対処方法を実施するほかにないので、一番つらく、一番悩んでいる本人の気持ちになり、一刻も早く受診させることです。
ちょっとした兆候を見逃さず、ごまかさず、原因を突き止めてあげることが本人にとっても周囲(会社)にとっても最善となります。
症状の度合い、原疾患の治療、リハビリによって改善が見込めるのであれば一定期間の休養後に現場復帰も可能でしょうが、それまでバリバリの営業職であったり経営の中枢で重要な役割を担っていた場合、症状の重さによっては他部門への異動、最悪の場合は退職という結果も避けることはできません。
「地域社会へその経験、ノウハウ、知識を還元してほしい」
しかし、最近では日本にさまざまな受け皿が出来つつあることを忘れないでください。
発達障害、精神障害も含め、社会復帰のための活動を行っている社会福祉法人立の組織がありますので、まずはここへ相談されることをおすすめします。
そして、実社会で得たノウハウや知識を、その地域社会に還元してもらうことが何より大切だし、ご本人の尊厳を失わずにすみます。
今後、社会的ストレスの増大により、「若年性認知症」と診断される人はおそらく増えていくことでしょう。であればなおさら、早め早めの対処が、その企業とご本人へのダメージを最も少なくするということ強く認識していただければと思います。
そして、信頼できる担当医とともに治療を行い、仮に認知症だと診断されても、活躍できる場は必ずあるし、認知症に限らず何らかの要因で働けなくなった場合でも社会に貢献できる道があることを世の中に広め、それへの認識度を上げていく必要があると考えています。
ご本人とそのご家族が、こうした社会活動の濃度をあげていく一つの因子となりますので、周囲の人(上司、同僚)、ご家族、医師が一体となって、ご本人をサポートしていける体制と意識を育てていただければと思います。
川合秀治氏 プロフィール
1948年生まれ。’75年、熊本大学医学部卒業。日本老年医学会所属。大阪老人保健施設協会会長、全老健連盟委員長として高齢者介護医療の制度改善や現場スタッフの労働環境向上に尽力。全老健会長退任後は東北震災被災地岩手県気仙地域で4年間「実験的訪問診療」に挑むが、制度設計と現場状況との乖離に悩み、医療・介護現場からの情報発信の必要性を痛感。老健施設からの訪問診療を夢見つつ、各種講演やネットでの動画配信などでその熱い想いを世間へ発信。認知症に対する恐怖と嫌悪を払拭し、認知症への考え方を改めるきっかけとなるようクラウドファンディングを募っている。
【編集部より】
社員の健康・メンタルヘルス管理に関する記事はこちら。
執筆者紹介
高井 直樹(たかい・なおき)(株式会社スキマタイズ 代表) 「感動」「驚き」「満足」「発見」「喜び」の5感覚で伝達力を強化し、エンジニア出身ならではの論理的課題解決をコンテンツメイクで実現する、ドキュメンテーションアートディレクター。徹底した取材と言語化翻訳、映像、Webとメディアを問わず"表現代行"を生業とし、車とゲームと電子楽器をこよなく愛する無類の速いモノ好き。
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