コラム

城繁幸、ニュースを斬る


総選挙の今だから再考すべき「働き方改革」「残業代ゼロ法案」の本質

2017.10.09

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単なる残業自粛では、「実質的な賃金カット」が進むだけだ

昨年に起きた電通新入社員の過労自殺問題以降、多くの企業で残業自粛の動きが広がっている。残業が減ることは良いことではあるが、それによって窮地に追い込まれている組織が連合だ。
連合は過去一貫して「成果ではなく労働時間に応じた支払い」を要求し、「ホワイトカラーエグゼンプション※」のような時給管理外しの動きには、一貫して反対してきた経緯がある。


※編集部注
ホワイトカラーエグゼンプション
スーツを着てオフィスで仕事をする、いわゆる「ホワイトカラー労働者」に対して、労働時間の規制をはじめとした労働法上の規制を緩和・適用免除すること。アメリカでは、「働いた時間に関係なく、成果に対して賃金を支払う」という考え方・制度を指す。

成果ではなく労働時間に応じた支払いを」。こう書くと「労働者にとって良いことじゃないか」と思う人もいるかもしれないが、労働時間に応じた支払いが徹底される制度のもとでは、経営側は、労働時間と成果が比例しない社員の存在を前提に、労働時間だけが突出して人件費が膨らむことを防ごうと、あらかじめ基本給やボーナスを抑え、その分を「残業手当」にまわすという行動に出る。

つまり、ある程度残業しないと元がとれない状況を生み出し、日本人を残業依存体質にしてきたのは、他ならぬ連合自身という側面がある。この状況で残業を自粛するということは、すなわち、実質的な賃金カットに追い込まれるということだ。

事実、このまま“働き方改革”で残業時間のみが削られた場合、サラリーマンの残業手当が年8兆5千億円減少するという驚くべき試算も出されている。
参考:残業規制で所得8.5兆円減=生産性向上が不可欠-大和総研試算(時事通信)

といって今さら「労災には目をつぶって好きなだけ残業させてください」とは口が裂けても言えないだろうから、道は一つしかない。労働時間ではなく成果で評価する仕組みを導入する、つまりホワイトカラーエグゼンプションを受け入れるという道だ。連合が一時、時間給管理を外す高度プロフェッショナル制度の受け入れを決めたのには、こうした背景があってのことだろう(末端組合員の理解を得る前に動いたため、この動きはとん挫した)。

終身雇用そのものにメスを入れない限り、真の改革は実現しない

そもそも、日本人の労働時間が世界でも群を抜いて突出しているのは、以下の3つの理由によるところが大きい。

  • 少数精鋭の正社員の終身雇用を前提とし、残業時間で雇用調整するため、常に一定程度の残業が発生する
  • ホワイトカラーまで時給管理であるため、上記のように長時間残業を助長している
  • 職務給のように業務範囲が明確でなく、裁量も働きにくいため効率化しにくい

そのため、労働時間を減らし、生産性も高めるには、

  • 解雇規制を緩和し、併せて残業時間に上限も設ける(雇用調整の手段を残業時間から雇用者数にシフトする)
  • 賃金制度を職務給に見直し、業務範囲を明確化した上で裁量を与える

といった一連の制度、組織改革が行われる必要がある。

単に残業時間に上限を設けたり、一部の専門職の時間給管理を外すだけでは、目に見える形で“働き方改革”が実現することはないだろう。むしろ筆者は、上記のような構造的な部分に踏み込まぬまま一部だけ手を加えても、効率化は進まず、持ち帰り残業などの見えない残業化が水面下で進むだけだと考える。

現在の仕事、賃金制度のままで、ある日突然「今日から成果に対して評価をする。各自工夫して生産性を上げて欲しい」と言われても、恐らく多くのホワイトカラーは困惑するだけではないだろうか。

だが、あらかじめ業務範囲を明確にしたうえで、そのグレードに応じた賃金を支払う仕組みにシフトした上ならどうか。自分のミッションが明確になり、裁量も発揮できるのならより効率的に短い時間で仕事をしたり、より付加価値の高い成果を追求したりする余地もきっと出てくるに違いない。それこそが働き方改革だ。

“残業代ゼロ法案”というフィクション

最後に、一部メディアや野党が働き方改革関連法案に反対する際に使っている「残業代ゼロ法案」という呼称のトリックについても解説しておこう。先述したように、

ホワイトカラーの残業代=基本給やボーナスをあらかじめ削って、時給として払うシステム

に過ぎない。給与を「ハムの塊」に例えた場合、多くの残業をしても、あらかじめ薄くスライスされたハムを受け取るだけで、受け取るハムの総量を増やすことができていない。だからこそ日本人は世界一長時間働くけれども、一人当たりGDPは世界22位と、先進国では低位にとどまっている。
(※労働時間はOECD統計と総務省労働力調査の比較、一人当たりGDPはIMF国際競争力調査2016を参考)

ホワイトカラーエグゼンプションというのは、要は「ハムの塊を薄くスライスして1時間働くごとに配っている不効率なシステム」をやめ、「成果に応じてハムの塊を渡すシステム」に変更するという、配分方法の見直しの話にすぎないのだ。

中には「残業代をゼロにするだけで、基本給やボーナスを増やしたりはしないはずだ」なんて不安を煽る人間もいるだろう。仮にそんなに経営側の立場の強い企業があったとしたら、「働き方改革法案」なんてもの待たずにとっととボーナスゼロ、基本給5割カットくらいのことはできるはずだが、そうした話は筆者の耳には入ってこない。

世の中にはさまざまな不安を煽って商売する輩が存在するので、立派なビジネスマンになりたければ、その種の言論には冷静に対処することをおススメする。

衆院解散で先送りされる、働き方改革関連法案

今回の衆院解散で一連の働き方改革関連法案は先送りされることとなった。ひょっとすると政界再編のあおりを受けて、このままお蔵入りになるやもしれない。その場合、残業時間を増やして手取りを増やしたいというインセンティブが丸々温存されることになるから、残業自粛キャンペーンは早晩終了し、以前のような長時間残業社会が復活するだろう。

ただし、政界再編と選挙の結果として、政策力の高い政党が野党に誕生すれば、与党との審議を通じて、より踏み込んだ形で働き方改革関連法案は復活するかもしれない。扇動的な言葉に惑わされず、それぞれの政党が「働き方」についてどんな主張をしているか、冷静に観察する姿勢を持つことが重要だ。

執筆者紹介

城繁幸(じょう・しげゆき)(人事コンサルタント・作家) 1973年生まれ。東京大学法学部卒。富士通を経て2004年独立。06年よりJoe’sLabo代表を務める。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社)、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』(筑摩書房)、『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』(PHP研究所)など。

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