日本人が驚くアジアの最新採用事情
アジアのホワイトカラー人材採用に日系企業が苦戦する理由とは?
2017.09.27
アジア圏の人材採用に、多くの日本企業が苦戦しています。その理由は、日本企業が思い込みを捨てられないことにありました。かつて歓迎された日本の採用方式は、ホワイトカラーの重要性が増した今のアジアでは、通用しなくなっていたのです。
今回は、海外のホワイトカラー人材採用動向分析の第一人者で、『The Salary Analysis in Asia』の編集責任者も務めるジェイエイシーリクルートメントの黒澤敏浩氏に、「日本企業がアジアで失敗しやすい人材採用のポイント」を聞きました。(2017年7月取材、聞き手:玉寄麻衣)
黒澤 敏浩(くろざわ・としひろ)
株式会社ジェイ エイ シー リクルートメント 事業企画部 フェロー。
グローバルホワイトカラー中途採用マーケット分析の第一人者。JAC Recruitment Group各国から集計した中途採用関連データに基づく、グローバルな視点で分析したリアルな調査内容は各方面で好評を博している。同社においてはリクルートメントコンサルタントを経て人事・事業企画などを担当し、現職。『The Salary Analysis in Asia』の編集責任者。
日本企業の採用方式は、アジアではもう時代遅れ?
日本企業がアジアに進出し、現地で人材採用を行うとき、共通した「失敗しやすいポイント」があります。
まず、簡単に日系企業の海外進出の歴史から振り返ると、日本企業の中で率先してアジアへ進出したのは、自動車や白物家電などのメーカーでした。人件費をできるだけ安く抑える目的で海外に工場を立て、日本式のオペレーションで稼働。完成した製品を、日本をはじめとする世界各国に輸出するスタイルが主流でした。「即戦力採用」が一般的な海外では、スキルがない若い人材をゼロから教育する日本企業の採用・育成方針はめずらしく、この方法はそのまま日本企業の強みとなっていました。
しかし、今となっては、この「かつての成功体験」が逆にあだとなり、日本企業はアジア圏における人材採用に「安い人件費で採用ができる」というイメージを引きずっています。
現在のアジア新興国は、安い労働力による生産拠点から、高い購買力を持った市場へと位置づけが変貌しつつあります。BtoBでもBtoCでも、現地市場への浸透スピードを高めるには、現地市場・業界に精通した、優秀でアグレッシブなホワイトカラー人材の現地採用がカギになります。
また、経済成長を続けるアジア圏の国々では、失業率が低く、給与水準が年々上昇しています。特に、いわゆるホワイトカラーの人材をめぐっては、日系企業以外にも欧米系企業や現地大手企業との間で、熾烈な人材争奪戦が起こっています。このことを十分に認識できていない日系企業がかなり多く存在するのです。
今回は、現地のホワイトカラー人材を採用するときに、日系企業が失敗する原因になりやすい「日本人が忘れがちなアジアの常識」を6つにまとめて紹介します。
常識1 「日系企業は給与水準が高い」はもう古い
アジアでは「より高い給与を求めて転職する」というのは、きわめてスタンダードな転職理由のひとつです。JACマレーシアが転職をした人材を対象に行った調査によると、「給与アップ」を転職先決定の理由とした人の割合は42%でした。他の国々でも、仕事に何の不満もなくても、「給与アップ」を理由に転職する人材は多くいます。転職時には、前職給与の20%程度アップする国が多く、給与水準は全体的に毎年5~20%程度上昇しています。
そのような採用マーケットの中で、日系企業の給与水準は、国や職種によっては20~30%程度低いケースがよくあります。例えば、ベトナムの経理部門で英語が話せるスタッフの求人の場合、日系企業では年4,500~5,400ドル(US、以下同)に対して、欧米系企業では7,500~9,000ドル、IT系専門職の場合だと日系企業6,200~11,000ドルに対して、欧米系業では7,500~16,000ドルと大きな差があります。
ベトナムのホワイトカラー職に対する提示年収比較 (出典「The Salary Analysis in Asia 2017」by JAC Recruitment Group)
給与水準だけでなく有給休暇の日数などの福利厚生面も、日系企業は全体的に欧米系企業に見劣りしています。残念ながら、日系企業の求人は、内容を詳しくチェックされるどころか、第一段階でふるい落とされているケースがよくあります。
なお、日本と違い現地の給与相場は毎年大きく変化するため、情報はあっという間に古くなります。常に最新の給与相場に合わせて求人情報のアップデートを行わなければなりません。
また、アジアでも、はっきり給与交渉する人ばかりではありません。どんなに入社を希望した会社でも、提示された給与が本人の期待にそぐわなければ、そのまま辞退する人もたくさんいます。
気をつけたいのは「給与はそれほど重視していない」という転職者でも、「一般的な水準と同様、前職給与に対して、20%アップ(地域と職種による)なら問題ない」という意味が込められていることです。給与の提示は、年収アップが普通である現地相場を踏まえて行いましょう。
常識2 すぐに昇進することが当たり前
アジアのホワイトカラー人材は、速く昇進することが普通の環境にいるため、全体的に日本人よりも出世意欲を強く持っています。
そんな人材には、入社当初のジョブ・ディスクリプション(※)に加えて、面接段階から入社後のキャリアパスをある程度明示する必要があります。入社後、どれぐらいのスピードで役職が上がるのか、給与はどのように上がっていくのかなどの情報を、できる限り具体的に誠実に伝える必要があります。「海外に進出したばかりで、まだ見通しがない」という場合でも、可能な限りの方向性を示すことが重要です。
欧米系企業は、現地人材を積極的に経営幹部として登用しています。タイでは在タイ欧米系企業のうち、20%がタイ人をトップに、60%超がタイ人をナンバー2に登用しています。幹部が日本から送り込まれた駐在員で占められている企業の場合、出世意欲が高い優秀な人材からは、出世の可能性が薄いと思われ敬遠されます。
※ジョブ・ディスクリプション:職務記述書。具体的な職務内容や職務の目的、必要とされる経験や資格などを明記したもの。
常識3 面接回数は少なく、連絡はスピーディーに
海外ではじめて現地スタッフを採用するときに、起こりがちなのが「日本式の選考方法をそのまま用いる」ことです。
面接時の「なぜ当社を志望しますか?」といった質問が、アジアでは的外れになるケースがよくあります。面接は双方がPRし合い、相手に選んでもらう時間です。あなたの会社で勤める魅力は何か、身につけられるキャリアは何か。採用を担当するなら、そういった自社の魅力を語らなければなりません。
また、アジアでは選考スピードが極めて重要です。面接は1回で終了するのが一般的です。日本と同じ感覚で複数回の面接を行い、結果の連絡は1週間後というやり方では、いつまでたっても優秀な人材を採用することはできないでしょう。合格の場合は、面接当日か翌日までに連絡するのが一般的です。1週間も連絡がなければ、候補者は「落ちた」と思い別の企業を選んでしまいます。
ではなぜ海外企業がそれほどスピーディーに選考ができるのかというと、海外では「このポジションに必要な能力を持っている人が来たら採用する」と絶対基準を決めていることが一般的だからです。絶対基準がない場合は何人かに会って、一番いい人を選ぶしか採用の方法がありません。これはスピード面で非常に大きなデメリットがあります。
また、現地マネージャーが即決選考を行っても、本社サイドで決裁に時間がかかったり、「他の候補者はいないのか」と言い出したりしているうちに、内定者が他の企業に入社してしまうケースもよくあります。採用に関しては、給与面も含め、現地マネージャーにある程度の決裁権を渡すか、本社で迅速な決裁を取れる体制を整えることで、断然有利になります。どうしても複数人の目で判断したいケースでは、1日で全員に会えるように工夫をすることも一つの手です。
常識4 「仕事よりも家族」と考える人が多数
アジア圏の方々は、家族のつながりをとても大事にします。幹部候補の人材でも、「仕事よりも家族が大事」と優先付けている人が多いです。
病気やケガなどの緊急時や、老後に頼れるのは「家族」だと考えているからです。日本人のように「一度就職すれば会社が守ってくれる」「老後は国の社会保障がある」という感覚はあまり持っていません。例えば、オフィスを都心に移転した際、「通勤時間が長くなり家族と過ごす時間が減った」といって退職する人もいるほどです。アジアでは、残業や長時間労働を歓迎する国は少ないと考えることが大切です。
一方、欧米・アジア式の長時間労働は、前述の高い給与・早い昇進と引き換えです。長時間就業させる必要があるときは、本当にそれだけの給与・昇進速度を提示しているか、よく考える必要があります。
常識5 日本語ができる人材さえ、欧米企業に取られがち
アジアでは英語スピーカーに比べ、仕事のできる日本語スピーカーが絶対的に不足しています。そのため、募集要項で「ビジネスレベルの日本語が必須」とすると、採用の難易度が劇的に高まります。
日本語ができる人材は、英語も堪能であることが多いため、ここでも欧米系企業、現地大手企業との激しい採用競争になります。日本語能力と特定の業務経験を必須とすると、「そもそも人材がいない」という状況になってしまうこともあります。そうしたときは「別途通訳を採用する」などの選択肢も考慮する必要があるでしょう。
余談になりますが、現地法人内では英語でコミュニケーションを行っていても、本社に送るレポートを日本語に翻訳しなければいけない体制では、現地マネージャーがその翻訳作業に追われ、過重労働に陥るケースが少なくありません。海外展開を本格的に進めていきたいのであれば、日本の本社で英語対応をできる体制を整えていくことが一つのカギだと言えます。
加えて、「重要情報を日本語のみでやり取りしている」企業だと、この点でも出世意欲の高い英語人材からは敬遠されてしまいます。
常識6 アグレッシブな人材は、日本語の学習を敬遠しがち
アジアでは、性別を指定した採用が原則違法ではない国もあります。
しかし、日本に比べて格段に女性活躍が進むアジア圏では、「男性」を希望すると、有能な人材と出会う可能性が劇的に下がります。そもそも、先ほども述べた通り、男性でも長時間労働は敬遠します。
また、日本企業の給与が低いことと昇進が遅いことは現地で知れ渡っているため、「男性の中でもアグレッシブな人材は日本語を学ばない」傾向にあることを認識した方がいいでしょう。
平等主義の日本と違い、学歴主義の海外では、最初から出世するのは一部のエリート大学の卒業者のみという傾向があります。良くも悪くも「学歴エリートか否か」が重要で、「男性か女性か」はあまり参考になりません。
現地の優秀な人材獲得が事業展開を加速させる
現地市場を知る優秀な人材の採用は、現地市場への事業展開のスピードを決定する極めて重要な要素です。ぜひ今回のポイントを参考にして、スピーディーなアジア事業展開に役立てていただきたいと思います。
※本文中の数字は、すべてジェイエイシーリクルートメント調べ。
【まとめ】アジア圏のホワイトカラー人材採用を成功させる6つの法則
1. 給与相場を最新動向に合わせ、常にアップデートする
2. キャリアパスは、できる限り明示する
3. 選考は面接から採用の決裁までをスピーディーに行う
4. 働き方は、できる限り現地の文化を尊重する(欧米系より早く出世し高給になるなら別。)
5. 海外展開を本格化するなら、日本の本社サイドの英語力も向上させる
6. 性別よりもキャリア・スキルを判断する
執筆者紹介
玉寄麻衣(たまよせ・まい) 1979年生まれ。立命館大学政策科学部卒業。外資系大手人材派遣・人材紹介会社で、営業として主に中小企業の人材採用をサポート。その後フリーランスのライターとなり、人材採用、人材育成、大学教育、広報・PR、企業経営等に関する取材・執筆を行う。
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